431 最後の必殺技
勝った。魔王シェイに、アクアとエリスが。
ボクは軋む身体に回復魔法を施しながら、ヨロヨロと立ち上がる。ワイズとクミンも手持ちのポーションを使ったのだろう。なんとか立ち上がって歩けるぐらいには回復していた。
三人で近くに寄りながら、結末を眺める。
悠然と微笑むアクアに、呆然と佇むエリスが妙に対極的だ。
「勝て……た?」
「そう。勝ったんだよ。あのシェイに。エリスが勝敗を決めたんだよ」
「ちょっ、急に抱きついてこないでよアクア」
アクアは満面の笑みでエリスへ振り返ると、遠慮のない飛び込みで抱きついていった。
エリスが勝敗を決めた、か。そうかもしれない。
シェイとの戦いのキーになったのは間違いなくアクアだ。けれどもし、魔王タカハシ家討伐の旅にエリスを連れていかなかったらどうなっていただろう。
きっとアクアはこの戦いに参戦していなかったし、そもそも旅にもついてこなかった。
結果として、エリスの存在が、シェイとの戦いを勝利に導いたんだ。
魔王アスモデウスとの戦いを経験していたボクたちベテランが倒れている中、未熟なエリスがアクアのサポートを受けながらも戦い抜いた。
もう、エリスを侮れないのかもしれないな。
「それにアタシのおかげって大袈裟すぎ。殆どアクアが戦ってたじゃない」
「うんん。私だけじゃ最後の一撃がどうしても届かなかった。シェイだったらこうするかなって勘を当て続けてたけど、長引いてたらいずれ負けてたよ」
勘だと。シェイのあの素早い動きを、勘だけでアクアは対処していたのか。
「勘と言うには、自分の性格を読まれた感じですね。アクアのクセは見抜いていたつもりでしたが、逆もまた然りですか」
大きなひとつ目を負傷しつつも、穏やかな表情でシェイが口を挟んだ。
「伊達にシェイに憧れてたわけじゃないんだから、ねっ」
「アクアに憧れを抱かれていたのなら光栄ですね」
「ところでさ、手塩にかけて育ててた奴隷部隊を無能呼ばわりしてたけど、なんって命令を出してたの?」
アクアに掘り返されて疑問が浮かび上がる。無能と言い捨てていたわりには、奴隷部隊にかなりの未練を残していた。
「あぁ、そのことですか。自分亡き後、天命を終えるまで生き延びろ。言い換えるとこの戦い、無様に逃げ果してでも誰一人欠ける事なく生きろと命じたのですよ」
戦う前にシェイは、一人残らず全滅したと言っていた。ボクと戦った奴隷部隊の少女は、どこまでもシェイの事を慕って散っていった。
互いに想い合っていたというのに、強すぎる望みが対立してしまっていたのがなんとも悲しい。
「楽しみだったのですけどね。戦いを終えた後で、あの子達が日々の生活で活躍してくれることが」
潰れた瞳で遠くを見据えるように天井を仰ぐ。もはや叶わない願い。
「ねえシェイ。確かに残念だと思うけどさ、他にも楽しい事、探せばいっぱいあると思うんだ」
「楽しい事、ですか?」
「うん。目が見えないなら私がシェイの目になって、見えた景色を隣でたくさん伝えるよ。美味しい物もたくさん食べよ。目一杯戦ったんだから、休んだって誰も文句言わないよ。私だって言われなかったもん」
アクアは手を差し伸べるように、シェイに話しかける。もう戦いは終わったんだって。
「それは、なかなか楽しそうですね」
「でしょ。ねぇみんな。シェイの事、もう許して……」
アクアが振り返りながらボクたちに説得を促そうとした瞬間、影から剣が伸びて身体を貫いた。
「えっ?」
アクアが再びシェイへ振り向くと、身体を貫かれたシェイが口端から血を垂らしながら微笑んでいる。
「そうそう。デッドを看取ったアレなのですが、元々は戦いに敗れてなお生かされそうになったときの為に開発した自害用の技なのですよ」
デッドが後ろから刺され、身体の中から無数の刃が飛び出した技が脳裏に過る。
「シェイ、まさかっ!」
「さよならですアクア。殺技・鋭影」
シェイの身体から無数の刃が飛び出すと、周囲を赤の飛沫で染めた。力なく項垂れる身体。シェイを支えていた刃はすぐに霧散し、支えを失った身体が落ちる。
衝撃に固まる表情の中、ただ一人やりきった顔をして果てるシェイ。
「あっ、アクア」
呆然としていたアクアにエリスが手を伸ばして呼びかける。アクアは表情をなくしたまま、シェイへと歩み寄ってゆく。
「お疲れ様。かっこよかったよ、シェイ。最後まで自分を貫いて。本当に自慢の妹だった。けどね私、文句があるの。言わせてね」
自分が汚れる事など顧みず、アクアは座って赤に塗れたシェイを胸へ抱き寄せた。
「シェイのバカっ! 私とっ、一緒に生きてくれてもよかったのにっ! お父さんっ、シェイ死んじゃったよぉぉお! あぁぁぁぁぁぁあ!」
部屋中に木霊するアクアの悲痛な叫び。
「ワイズ、ボクたちは、何と戦っているんだ?」
「ジャス」
問いかけても答えは返ってこない。
なんなんだコレは。なんで戦いの果てに、こんな結末が待っていなきゃいけないんだ。
アクアの鳴き声が、ボクの疑念を深くさせていった。




