42 酷く桃色に濁った光
「あぁ、早くミーの乙女たちに会いたいよ。オヤジ、案内は無駄な寄り道なく頼むよ。あっ、彼女。鱗が艶やかで、まるで水面に反射する光のようだよ」
パカパカと足音が響く。
魔王城の廊下をシャインと歩いていると、様々な魔物とすれ違った。見慣れているけど、性別の違いなんてサッパリだ。見分けようと思ったことすらない。
だがシャインは一目で性別を見抜くと、全ての女性に声をかけていた。
かける言葉は微妙だけど、百発百中で女性に声をかけている気がする。
「なぁシャイン。おまえ魔物の性別がわかるのか?」
呆れながら隣を見ると、当然さと言わんばかりに白い前髪を手でフサァっとさせた。流し目をしながら歯を輝かせるのが、我が息子ながらウザったい。
「むしろオヤジに聞きたいね。一目で彼女たちが女性だとわからないのかい?」
わかってたまるか。シャインの瞳にはピンクフィルターが張られていて、女性をセンサーでキャッチできるようにでもなっているのか。
「俺には高等技術すぎてわかんねぇよ。もしかして馬の魔物たちにも声をかけたりしていたのか」
「勿論さ。最初はかわいがってくれたが、最近は素っ気ないね。きっとマンネリが進んでいるんだ。そうでなければ乙女たちはミーをつかんで離さないからね」
なんの疑いもなく断言しているところが何より怖い。しかも生後一ヶ月半で女性たちから引かれる子供って。
「だからミーは女性の心をつかむ技術を伸ばすよ。オヤジは応援してくれるだろ」
まったくもって応援する気になれんな。けど、いいきっかけをもらったな。
「女性の心をつかむなら、人間の姿の方が受けがいいと思うぞ」
「オヤジはナンセンスだね。ミーは白馬の姿が売りだというのに」
一蹴されてしまった。どうしよう、シャインのモンムス姿は面積とるからすごく邪魔なのに。どうにか人間のスペースで落ち着けたいんだが。
「そんなこと言うなって。ここだけの話、シャインの姉や妹の、アクアもフォーレもヴァリーも人間の姿をしてんだぜ。同じ姿の方が共感を持てないか?」
シャインの表情が揺らいだ。まるで人生の分岐点にでも立ったかのような真剣な表情でうーん、と唸る。
幼い頭脳でピンクセンサーの照度を測っているのだろう。凡人には理解できないし、理解しようとも思わないけど。
「いいだろう。オヤジの手のひらに転がされるのはシャクだが、マイ・シスターと距離を縮めるためだ。提案に乗ってやろうではないか」
「あぁ、ありがとな」
こいつはどこまで上から目線なんだか。俺の腕が殴りたいってプルプル震えだしたぞ。
「でっ、どうすればいいんだい」
前髪を手で払ってから、教えてやれることを光栄に思えとでもいうように、ふてぶてしく方法を聞いてきた。
なんで聞く側がそんなに偉そうなんだよ。二度ぐらいそのツラを殴ってやろうか。
「自分の人間の姿を想像するんだ。きっとうまくいくさ」
失敗したらザマァみろって蔑んでやる。慈愛を込めて微笑みながら、内心で失敗することを望む。
「こうかい。なるほど、案外簡単なのだな」
ちっ。シャインのやつ、呆気なくやってのけやがった。
身長は変わらないが、紛うことなく男の子の姿をさらしている。当然、真っ裸だ。白い髪が背中まで伸びていた。
「お前、髪長いな。ウザったくないか。なんなら俺がサッパリ切ってやるぞ」
後ろ髪が長いとウザったいんだよな。女性はともかく、男が長髪にする理由がわからん。シャインが望むなら丸坊主にしてやってもいいな。
「何をバカな。長い髪を整えるのもよき男児の嗜みだよ。オヤジはわかってないな。そんなだからプリンセス・チェルに振り向いてもらえないんだよ」
やれやれとでも言いたげにゆったりと首を横に振った。余計なお世話だコンチクショーが。
「なんでそこでチェルの名前が出てくんだよ」
「好きなのだろう。オヤジは。一応、敬愛なる父上だからね。ミーはプリンセス・チェルを譲ってやるつもりだよ」
キザな黒い瞳が、俺の心臓を貫いた。
チェルを好き、俺が? 何をバカな……って否定できないのが事実なんだよな。まだ断言はできないけど、心が傾いている自覚もあるし。
「なんでシャインがそんなこと知ってんだよ。てか、敬愛なる父上ってなんだよ。尊敬のソの字も知らないクセに」
シャインは鼻で笑うと、歯を輝かせた。ホントにウザってぇ。歯を全部折ってやればキラキラ輝かなくなるのか?
「ミーは色恋沙汰には聡いんだ。よくプリンセス・チェルと一緒にミーの様子を見にきていただろう。最初は気づかなかったけど、そのうちピンときたのさ」
お前の視線にかかっているピンクフィルターはどこまで高性能なんだよ。ユニコーンってみんなこうなのか。
さも感知できて当たり前な態度に、俺はドン引きした。血が繋がっていることが今更ながら信じられない。
「それとオヤジのことは尊敬しているよ。ただどうしても素直に思えないけどね」
いけしゃあしゃあと宣ってくれる。言葉に気持ちが全く乗っていないのが俺でもわかるぞ。
俺が疑いの視線を浴びせていると、白い眉が憂いに逸れた。
「ミーは今、二つのスキルを持っている」
「えっ」
「一つは完全人化。さっきオヤジに教えてもらって理解できたスキルだよ。そしてもう一つは男女差別。これは生まれつきにあったね」
自嘲でもするようにスキルのことを教えてくれる。黒い瞳には陰りが差し込み、微笑みはニヒルに吊り上っている。
「男女差別は自動発動するスキルでね、ミーはコントロールできないんだ。本能にも近い。女の子に手を差し伸べ、ヤローにはキツクあたる。オヤジも例外じゃないんだよ」
ステータスチェックで見たときからマイナススキルだと思っていたけど、想像通りすぎて逆に笑えねぇな。
「けどそれはユニコーンの本能と似たようなもんだろ。気にすることもないんじゃねぇか」
「ユニコーンの性質とスキルの効果は似て非なるものだ。そして厄介なことにスキルの方が性質よりも上をいっている」
どういうことだ。ニュアンスの問題か。深くかかわると頭がこんがらがりそうな気がするんだが。
脳みそがヒートしてきた。久しぶりに冷えピ○をおでこに張りたい気分だ。どっかに売ってないかな。もしくは誰か開発してくれないだろうか。
「オヤジはわかってないようだね。ユニコーンは乙女を何より優先する。けど男女差別は女性なら乙女じゃなくてもよくなるんだ」
そのとき、コーイチに電流走る。
「むちゃくちゃ守備範囲が広くなったってことか」
「言い換えると、見境がなくなった。になるね。マイ・シスターだろうが老齢たる女性だろうが、均等に愛することができる。反面、男と敵対したときはこう、力が湧き上がってくるんだ。その存在を消せって」
えっ、俺……危なくない?
シャインは俺の胸中に察しがついたようだ。力を抜くように笑った。顔に思いっきり出ていたのか、或いは身体の反応で察したのか……もしくは両方か。
「まっ、さすがに血が繋がっていると制御が効くけどね。きっと兄弟にも制御が効く……と思う」
なんで自信なさげに俯くんだよ。もっと堂々と宣言してくれよ。またモンムスたちで荒れる気がしてたまらないんだけど。
脳内にチェルの疲れた顔が浮かんでしまった。なんとしても阻止したいところだけど、止めれる気がしないな。
「せめてみんなに余計な迷惑だけはかけないように生活してくれよ」
「善処するよ。オヤジ」
前髪を手で払いながら、根拠のない自信を笑顔に込めた。
あっ、ダメな予感がする。なんだか怒ることにも疲れてきた。何も起きなきゃいいけど。




