41 幼き野獣が花園へ飛び込む
魔王城の裏。土がむき出しになっている平らな広場で、たくさんの馬系魔物が走り込みをしていた。
空がおどろおどろしい青紫色をしているので、陽射しはさわやかとはいいにくい。けどいい天気である。
「おー、馬の併走訓練は相変わらず壮絶だな。何よりも速さと迫力が違うし」
俺は轢かれないように遠くから眺めていた。バイコーンにペガサス、ユニコーンなんかが一斉に走っている姿に異質感と恐怖を覚える。
馬の足音といえばパカラパカラだが、敷き詰められた全力疾走はドドドド。大地を揺るがす轟音を放っている。
一度、馬の魔物たちを十八頭ぐらい集めて全力でレースをさせてぇな。ゼッケンをつけて、どの馬が一番になるか当てるのがおもしろそうだ。三連単とかピシャリと当てるのはロマンだよな。
「そのためにはレーンとか作らないといけねぇんだけどな。夢のまた夢だねぇ」
さて、どうでもいい妄想はこんなもんにして、シャインはどんな感じかねぇ。
馬たちが併走している塊の遥か後方、ユニコーンとシャインが軽快に走っていた。
シャインの身長は他のモンムスたちと比べて、頭一つ分高い。生後一ヶ月半でここまでの差が生まれたのはおそらく、馬系魔物の体型のせいだろう。下半身が馬だから、ある程度は背の高さが確立されている。
「はてさて、完全人化したら身長はどうなるのやら」
年相応の身長に縮まるのか、或いはそのままか。
背中まで伸びた白い長髪をなびかせ、ほどよい汗を流しながら四つの蹄で大地を鳴らしていた。
白く艶やかな馬肌。しなやかに伸びる足は細長いが、躍動感にあふれている。引き締まったケツは堅そうで、尻尾は走りに合わせて跳ねる。
見学していたらユニコーンとシャインが近寄ってきた。ゆっくりとその速度を落とす……どころか狙いを定めたような加速をしての急接近。
「えっ、あの。ちょっと。ユニコーンさんの角が怪しく輝いて見えるのは気のせいですよね」
瞳は殺意に満ちている。ターゲットとしてロックオンされている気しかしない。
手を宙にさまよわせてオタついている間に、遠く小さかったユニコーンが近く大きくなってくる。
逃げようにも隙がない。背を向けた瞬間に貫かれるイメージが脳内によぎってしまう。
「こんなわけわからんところで異世界生活終了なんてシャレになってねぇかんな」
どうすることもできないままユニコーンの猛接近を許してしまう。角が身体を貫く位置まで下げられ、もはや回避の猶予はない。
ひぃ、と悲鳴をあげる。身体を硬直させて眺めていると、角の接近がいやに長く感じた。
え、これ何? 走馬灯ってやつ。馬だけに。うっわ、笑えねぇ。
身体というか、心臓を貫く手前でユニコーンは跳ねた。俺の頭上を跳び越えて振り返ると、人を小バカにしたようなウザったい馬面をよこされる。
「ざまぁないわねコーイチ。こんなだから男は醜いのよ」
「はははっ、マミー。オヤジはいい反応をしただろう。なかなか楽しかったよ」
振り返ると髪をかき上げながら、爽やかな汗を流すシャインが笑っていた。
「シャイン。ひょっとして、ユニコーンはお前がけしかけたのか?」
「そうだぜオヤジ。ミーのことを見にきたのがオヤジでガッカリしたんだよ。どうせならプリンセス・チェルにミーの勇士を見てもらいたかったのに。あぁ、ホントに残念だ。腹いせにイタズラしないとやってられないよ」
シャインはやれやれといった感じに手をあげると首を横に振った。ご丁寧に憂いのため息までトッピングされている。
「これもユニコーンの血か。とことん乙女に会いたいって性格してるぞ」
ンでもって手鏡とか一輪の花とか持たせたらナルシストになりそうな気がする。てか、プリンセス・チェルってなんだよ。ユニコーンは何を教育してきたんだ。そしてシャインは何を目指しているんだよ。
ユニコーンをジトーっと見ると、見るなケダモノと一蹴された。
あかん。意思が全然伝わらない。急に脱力してきた。
「なぁユニコーン。シャインに何を教えてるんだ」
「もちろんいい乙女と悪い乙女の見分け方よ。後は乙女とそれ以外の対応の仕方ね」
ろくなことを教えてねぇし。
「マミーの言葉はとても重く、そして参考になるよ。ミーも早く一人前になって、未来で待っているたくさんの乙女たちを落としに行くんだ」
ろくなでもないことを目指していたし。
頭が痛くなってきた。モンムスは全員俺の手で育てるつもりでいたんだけど、シャインだけはこのままユニコーンに任せちゃおっかな。他の子の教育にすこぶる悪そうだもん。
「そうか。まぁ、精進してくれや。俺はもう戻るからな。また見にくるぜ」
手を振って、さっさとこの場を去ろうとする。
「まぁ待ちなさいよコーイチ。あなたのもとには今、四人の乙女がいるのでしょう」
「生後一ヶ月の娘を乙女呼ばわりするのもどうかと思うぞ」
情報がしっかり伝達されていたか。ユニコーンだけは遮断していてほしかったが。
「ははっ、酷いなオヤジ。四人も乙女がいるのに、ミーを招待しないだなんて」
「お前わかってんのか。半分は血が繋がってんだからな。恋愛対象にはならないんだからな」
「そんなもの、相手が乙女であれば些細な問題だね」
シャインの断言にユニコーンが頷いた。
これはあれだな。競馬場よりも先に病院を建てないといけないやつだ。おあいにくな平らな土地が今ここにあるし、早急に建てるようにチェルに検討しないと。
「血の繋がった兄弟だったら、練習相手にはピッタリじゃない。四人、いえまだ引き取っていない乙女も加えて五人ね。やったわよシャイン、とっかえひっかえにできるわ。羨ましいじゃないの」
「ははっ。楽しみだね。でもマミー、一つ間違ってるよ。兄弟だからって練習相手程度で終わらせようなんて、思ってないから」
キラッと歯を輝かせて、どうでもいいほど素敵な笑顔をした。
グラスとデッドをけしかけようかしら。それともアクアたちを逃がすのが先か?
シャイン母子は俺の娘たちをテーマに盛り上がっている。話に夢中で視界が狭まっている可能性ありだ。
そうだな。シャインはまだ早いな。今のうちに退散しよう。
そろーっと回れ右して帰ろうとしたら、肩をつかまれた。
「ひっ!」
「今日からミーも乙女たちと一緒に暮らすよ。よろしくなおまけ」
輝かしい表情は無駄な自信にあふれかえっていた。
チェル。俺はこれほどまでに無力を感じたことはなかったよ。
心のなかで、どんな場所でも土下座をする覚悟をしたのだった。十秒も耐えられないと思うけども。




