402 見守る影
凄まじいですね。こちらの要求を全て押し付けて余計な事はさせずに無傷で戦場から離脱をする。イツキにしか出来ない交渉でしょう。
念のために影へ潜んで見守っていたのですが、大したものです。緊張する場面はあったものの、危機感は感じられなかったのですから。
イツキが貴族の館から出たところで、自分は影に潜むのを終えました。
「ふー。生きた心地がしなかったよ。やっぱり勇者は格が違うね。剣を向けられた時の威圧感ったら半端じゃないよ」
「弱音を吐くのわりには、堂々とした物腰でしたよ」
背後から話しかけると、イツキは驚いて振り向いた。
「え? やだシェイ様」
「特に脅しのかけ方が秀逸でした。いない者をいるように錯覚させ、手を出す危険を醸し出す手腕には感心しました」
「まさかっ、シェイ様が見守ってくれたの。ウメ辺りが潜んでくれてるだろうなって思ってたのに」
感情豊かに表情を変えてくれる様子が、とても好ましい。意図していなかったとはいえ、手塩にかけて鍛えましたからね。打ち解けてくれている事を嬉しく感じます。
「それにしてもシェイ様。かわいい格好してるよね。どてら、すっごく似合ってるよ」
普段の姿はシャトー・ネージュでは寒すぎますからね。防寒着ぐらい着ないと浮いてしまいます。
「ありがとうございます。イツキのポンチョもかわいいですよ」
「いいでしょ。ワタクシのお気に入りなんだよ」
イツキは両手を広げると、見せびらかしながらご機嫌にクルリと回る。
「ふふっ。さて、一仕事終えましたし帰りましょうか。いつまでも外にいては身体を冷やしてしまいます」
「えー、折角だからお茶して帰ろうよシェイ様。近くにケーキがおいしいお店があるの。ほっぺた溶けちゃうよ。喉も焼けちゃうよ」
それ、美味しいのですか? おかしいのですか?
笑顔を引き攣らせてしまうと、イツキはクスリと笑いました。
「喉焼けるのは冗談だよ。けど折角シェイ様と一緒にいるんだもん。ちょっとぐらいワタクシに独り占めさせて欲しいな」
ホントに、好ましいわがままを言ってくれるものです。ついつい甘えさせてしまうじゃないですか。
「仕方がありませんね。首尾よく交渉をしてくれた褒美です。奢らせていただきますよ」
「やった。でもシェイ様も一緒に食べるんだからね。ワタクシにほどこしてるのを眺めるだけだなんて許さないんだから」
「やれやれ、注文の多い部下だ事で」
呆れを前面に出しながら首を振ってみます。けど内心は楽しんでいます。きっと自分の生が残り僅かだからでしょうね。親しい相手の幸をついつい願ってしまうのは。
自分が亡き後、奴隷部隊が幸のある人生を歩まん事を。
自分たちは温かい店内でケーキを楽しみ合ってから、常闇城に帰還するのでした。
それと、イツキが一口食べる旅に足をジタバタさせるのはかわいかったです。




