400 主導権
どこに誘い込まれるかと警戒しながら少女についていったのだが、思いの外ちゃんと貴族の館へと案内してくれた。
ただし対応は異質。少女の遠慮ない庶民の言いように対して、門番も執事も緊張感を孕んでいる怯えた丁寧さで対応していた。
屋敷の豪奢さに対して、少女が庶民すぎる。浮いているはずなのに屋敷の中で主導権を握っていた。
すぐさま応接間に通されて待たされる。座り心地のいいソファーにワイズと座る。少女は壁に背を向けて立っていた。
室内を見渡してみる。装飾は豪華でありながら落ち着ける繊細さを感じさせられる。
マリー派貴族の屋敷で感じさせられた、財力の高さを見せつける為のくどさや卑しさが存在しなかった。
この館の主の趣味の良さが窺える。
待つ事数分。身なりの整ったナイスガイが強張った笑顔で現れた。細い頬に、アゴまで整ったヒゲが蓄えられている。
チラチラと視線を少女へと飛ばしながら、ボクたちに対応してくれた。
立ち上がり、自己紹介をしながら握手を交わして、対面のソファーへと座る。
まず本当に娘さんが攫われたのかを確認すると、肯定の頷きが返ってきた。
娘の命を助ける為に、全身全霊を込めてボクたちに協力すると誓ってくれる。
言い回しが妙な気がする。ワイズの表情を伺うと、険しい顔つきでの頷きが返ってきた。やはり何かあるようだ。
一字一句聞き逃さないように、続きを促す。すると驚くほどの多彩な情報が溢れ出てきた。
魔王シェイの暗躍により、外壁の外にいる魔物が凶暴化してしまった。それにより狩りに行くのが困難になり食料品が高騰。更に冒険者の死傷者数が増えてしまった。
もうシャトー・ネージュに余裕はなくなっているらしい。
次にマリー派貴族の暗殺もシェイの仕業だと伝えられる。
なぜ正確な情報を掴んでいるのか問い質したくなったが、とりあえず最後まで話を伺う。
次にシェイは、奴隷商を次々と壊滅させていっているらしい。
なぜピンポイントに奴隷商なんかを襲うのかという疑問も湧いた。ボク自身、奴隷制度に寛容なわけではないけれども、なくしてはならない事も理解している。
奴隷商を力尽くで潰すなんてあってはならないのだが、そんなところを潰してなんになるのか目的が掴めなかった。
シェイの居城である常闇城はシャトー・ネージュの東にあり、漆黒の巨大な城らしい。
常闇城には夜な夜な攫った人たちが捉えられており、今も助けを待っているとの事。その中に娘も混じっているのだと。
となるとただ攻め込むだけでなく、救出班も一緒に進軍しなければいけない。攫われた人々を見殺しには出来ないから。
「なるほど。多分な情報提供を感謝します。と言いたいところですが、情報源を教えてもらっても?」
知らなければ対応できない情報が多いだけに、信憑性を疑わずにはいられない。用意周到すぎて信じ切れない。
「それは……その……」
主は言葉を詰まらせながら、佇む少女に視線を送る。
「大丈夫。全部言っていいよ。っていうか言わないと先に進まないから、ちゃっちゃとどうぞ」
少女の方が場の主導権を握っている。
主は深く息を吐くと、意を決して喋りだした。
「わたしが得た情報は全て、捕らわれた娘の手紙に書かれていた事です。そしてその手紙を持ってこの館に忍び込んだのが、そこにいる少女です」
「忍び込んだ?」
少女を睨み付けると、笑顔で手を振ってきた。
「館を守る護衛にも見つからず、わたしの寝室に忍び込み、背後から話しかけられました。彼女は魔王シェイの奴隷で、戦闘部隊です」
聞いた瞬間、ボクは剣を抜いて切っ先を少女へと向けた。ワイズも杖を構える。臨戦態勢を取りつつも、一つの事象に納得が生まれた。
マリー派貴族を殺した暗殺集団の正体。シェイに躾けられてしまった奴隷なのだとしたら、命令を背けないのも頷ける。
少女は人差し指をアゴに当てながら天井を仰いで唸る。
「んー、ちょっと違うかな。ワタクシ達はシェイ様の奴隷戦闘部隊であって、シェイ様の奴隷をしている戦闘部隊じゃないよ」
「……同じに聞こえるが」
「言葉にすると難しいから、シェイ様に対する忠誠心は本物って事だけ覚えてくれればいいよ。むりやり従ってる人なんていないんだから」
敵意を向けられているというのに少女は、怯む様子もなく不適に微笑んでいた。




