3 オモチャ確定
枯れたような森を抜けると、石レンガを積んで作ったお城があった。外見を例えるなら誰もが遊んだことあるアクションゲームの8-4だろう。白色だけどな。
「意外と白いんだな。魔王っていうと、もっと黒くて禍々しいイメージだったんだけど」
ガッシリと組まれた壁は頑丈そうで、壊してショートカットなんて荒業は無理そうだ。
「魔族だからといって、黒とか禍々しい色が好きってわけじゃないわ。わざわざ着色するのも手間ですもの」
「それもそうか。そういや塀とかはないんだな」
魔王のお城は荒れた大地にむき出しに建っていて、来るなら来いとでもいうように堂々と建っている。
「魔王は勇者に討伐されるためにいるようなもの。それに、生半可な力じゃお城までは来れないわ。最後は真っ向勝負になるわね」
振り返りもせず、チェルはしれっと門へと進む。
「討伐されるって、ずいぶん弱気だな。もっとこう、地球侵略とか人類滅亡とか野望を持ってもいいと思うんだけど」
チェルは立ち止まると、肩ごしに振り返って微笑んだ。左の赤い瞳で愉快そうに見上げてくる。
「人間はそう思っているでしょうね。でも魔王は人間のために存在しているのよ」
「なんだナゾナゾか? 人間を守ってるわけでもないんだろ。勇者もいるみたいだし」
チェルが怪訝そうに眉をひそめる。
「みたいだしって、まるで知らないような言い方をするわね。まぁいいわ。魔王はある意味、人間を守る存在よ。人間を襲いはするけどね」
「襲うのに守るって、矛盾もいいとこだろ」
「単純に言うと矛盾しているわ。でも、襲うことで結果的に守ることになる。皮肉よね」
これはあれかな。深い意味なんてなくて、ただからかわれているだけかな。
「生物なんて遥か昔から争っているわ。弱肉強食の食物連鎖はもちろん、同族同士でもね。特に人間は酷いわ。国をあちこちに作っては、人同士をぶつける戦争をするんだもの」
口元に手をやってクスクスと笑う姿は、どこか憐れみを抱いている。
「国々で別々の技術が発展し、富を得た国と得られなかった国とで大きく明暗が分かれ、内乱を繰り返す。大きな戦争になると、殲滅魔法の一撃で千を軽く超える人間が一瞬で吹き飛ぶわ。それに巻き込まれて魔物や動物、そして土地までも壊してしまうけれどね」
「どこの国の人間も一緒ってわけか。てか、魔法ってなんだよ?」
「おかしなことを聞くのね。まぁ、だんだんとコーイチの素性もわかってきたからいいけど。魔法は、コレのことよ」
チェルが一本指を立てると、バチバチと電流が流れだした。続いて俺に指を向けると、電流が顔の横を通りすぎた。
「……いっ!」
驚いて声も出せなかったぞ。てかバチって、バチって! なんかの比喩だと思ったらホンマモンの魔法じゃねーか。
「とまぁ、今のが魔法よ。雷だけじゃなくて炎とか、いろんな魔法も使えるわ」
クスクスとおかしそうに笑う。俺はよっぽどまぬけな反応をしたようだ。けど仕方ねぇだろ、下手したら命に係わってたんだから。
「話が逸れたわね。とにかく、人間同士の戦争による世界破壊を阻止するには、研究が進む前に潰す必要があるの。それ以外にも、魔王という脅威があるおかげで、人間は互いに手を取り合う。結果的に、戦争を少しだけ止めることができるわ」
「無茶苦茶だが、確かな理屈だな。でも虚しくないか? 倒されるためだけに存在するだなんて」
「案外、魔王も魔族も楽しんでいるわよ。危険な研究機関を潰すことも、勇者を成長させることも楽しいわ。こっちの用意した障害を乗り越えてくれるかドキドキする」
チェルの微笑みはどこか妖艶で、引き込まれる美しさを感じる。同時に、仄暗い気配も感じた……ような気がした。
これはあれかな、ゲームを作る側がプレイヤーに合わせて難易度決めているやつかな。だから突破してくれるのが楽しみなのかも。
「今更なんだけど、チェルって人間じゃないよな」
「ホントに今更ねコーイチ。私は魔族よ。部下からは次期魔王ともてはやされているわ」
ド初っ端から怖ろしい相手と出会っちまったな。
「へーぇ。すごいんだな」
俺がほめると、チェルは俯いてため息をついた。
「どうだか。そろそろ行くわよ」
おや素っ気ない。俺が着いてくるのも確認しないで勝手に進んじゃうし……って。
「ちょ、待って。おいてかないで」
小走りで駆け寄ってチェルの後ろに着くと、やれやれって感じのため息が聞こえた。
「ところで、どうして俺に魔族の事情を教えてくれたんだ。人間に聞かせていい話じゃない気がするんだが」
「あら、あなたに帰る場所があって? まぁ、あったとしても帰さないけどね。ふふっ」
うおっ。この微笑は有無を言わさない氷河のような寒さを感じるぞ。
「えっと、それは生かして帰さないってことなのかな?」
「まさか? 死んでも帰さないだけよ。もっとも、この世界の住人じゃなさそうなコーイチには関係のないことでしょうけど」
あっ、薄々感づいていたけれども、遠ざけていたことをズバっと言ってくれやがったぞ。
俺は口元をヒクつかせながら、笑顔で尋ねる。
「あの、チェルさん。この世界の住人とか、何のことでしょうか?」
「気持ち悪い敬語を使うわね。まぁ、わかりなくない気持ちもあるんでしょうけどね。そのままの意味よ。召喚されたのか時空のゆがみに落ちたのか、或いはそれ以外の何かのせいかは定かじゃないけど、間違いなくコーイチはあなたの世界から私たちの世界『イッコク』に飛ばされたわ」
「やっぱりか。最近の異世界小説によくある話だから、想像はしていたけれども。俺にそんなことが起こるとはな」
額に手を当ててあちゃー、と空を仰いだ。
できたら神様経由ルートでチートと異世界の説明がほしかったんだけれども。ってか、チートなしでこの世界、えっと、イッコクだっけか。で生きていかなきゃいけないのか?
「あれ、俺って、詰んでる?」
予想できていたから淡々と考えていたかれど、結論に辿り着くとあっけなくオワタ状態だって気づかされた。
「かもしれないわね。まぁ、死ぬようなことはしない……ようにするから安心なさい」
後半にボソリとつけたした言葉、しっかりと俺の耳に届いているよ。
「いやいや、すごく危険なこと言ったよね今。安心できる要素がカケラもないよ」
「何を今更。さっき私のオモチャになると契約したじゃない。楽しみだわ」
チェルはクスクスと楽しそうに笑いながら、俺を魔王のお城へと誘ったのだった。
いや、勘弁してくださいマジで。