395 シェイ様のように
シャトー・ネージュは寒い地方なだけに、夜間の行動はできる限り迅速にしなければならない。
オレ達シェイ様の奴隷部隊は鍛え上げているからまだ問題ないが、今運んでいる子達はそうじゃない。
特に衰弱している子は間に合わない可能性が大だ。それでも、生死問わずに全員連れて帰る。証拠の隠滅も然る事ながら、せめて最後ぐらいは手厚く葬りたい。
シャトー・ネージュは大きな街故に、外敵を通さないよう大きな外壁に覆われている。
街から出入りするには普通、通行許可とやらが必要だ。が当然そんなものは持ち合わせていない。
無許可で出入りするなんて許されるはずもないが、外壁の大きさ故に見張りの穴も大きい。
結局どこも人手不足で、手薄なところなんて探せばいくらでもある。
例え大所帯になろうとも、機を逃さなければ警戒から逃れる事など容易。
後は街の外に出て待機させていた馬車に乗り、常闇城へと帰還するだけだ。
連れてきた子達は街の外に向かう辺りで不審が強まり、馬車に乗り込んだ辺りでどこに向かうかわからない不安に駆られる。
「なぁ、ぼくたちはどこに連れてかれるんだ」
「シャトー・ネージュを侵略する偉大なる主にて影の魔王。シェイ様の居城である常闇城へと連れていく」
シェイ様は魔王と呼ばれる事を否定しておられるが、魔王以外に相応しい呼び名が存在しないのだから仕方がない。
そして聞いてきた子達は、説明が理解できていないようでポカンとしていた。
連れていく大体の子は同じ反応をする。街でまっとうに暮らしていればシェイ様の悪名も轟こうが、攫われて情報をシャットダウンされた他所の子達には耳に入らない。
故に偉大さや恐怖心の実態が湧かない。恐怖を理解する時はいつも、常闇城の魔物を見た瞬間だ。
ただ一人、貴族の娘だけが緊張で喉を鳴らした。
「大丈夫だよ。抵抗しなかったら命まで取らないから。ね」
イツキが肩を叩きながら、安心させるように笑顔を見せる。
「あっ、ありがとうございます。あの、イツキさんって珍しい名前ですね」
「本名じゃないからね。ワタクシ達奴隷部隊は、シェイ様から新たにもらった名前を使ってるから。昔の名前も覚えてるけど、もう使いつもりもないよ」
きょとんと驚いた顔をする貴族の娘。
そう、オレ達は全員シェイ様から名前をいただいた。元の名前を断ち切る事で新たに奴隷部隊として生まれ変わる意味も込められてはいたが、それ以上に名無しも多かった。
オレもウメもエイジも名無し組だ。
「そうなのですか。なんとなく思ったのですが、イツキさんは他の方々とは違って、隅々の所作に気品を感じられるのですが」
「あー、お嬢様から見たらわかっちゃうものなんだね。アキ達と違ってワタクシは、死の淵にいたドン底の奴隷じゃなかったんだよね」
朗らかに笑い飛ばすイツキ。正直オレ達はイツキが厳しい訓練に耐えてオレ達と同等になるまで強くなるとは思わなかった。
奴隷の境遇の違い故に、ハングリーさが足りなかったから。命からがらじゃなかったから、訓練参加は遊び半分のように映った。
けど誰よりも弱音を吐かずに、まっすぐに強くなったのがイツキだった。
曰く、貴族の習い事も忍耐の連続な挙げ句、生まれたときからレールを敷かれていて逃げ出す事も許されなかったらしい。
シェイ様のように強くなりたいという憧れが芯になり、ツラい訓練を笑い飛ばしながら成長した。
ボロボロになって潰れそうなオレ達を明るく励まして奮い立たせる始末だ。
最終的に一番強くなって戦闘奴隷部隊の頭になったのはオレだったけど、イツキがいなかったら壊れずに強くなれてたかは怪しかった。
「それなのに、あんなにも強くなれたのですか」
「うん。孤独じゃなかったから。シェイ様のようにカッコよくなりたいって、みんなして特訓をしあえたから楽しく強くなれた。結果的に見たらワタクシ、すっごく運がよかったんだよ」
思わず笑ってしまった。血反吐を吐いた訓練をイツキは、楽しくと笑い捨てたのだから。最初から仲がよかったわけじゃないのに、イツキはいつから仲間意識を芽生えさせていたのだろうか。
疑問に思いつつ会話を聞きながら、常闇城へと帰還したのだった。




