393 善よりも憧れを
オレ達は二手に分かれて、窓際へと張り付いた。壁に耳を当て物音と気配を探る。
魔力による聴覚と第六感のバフが、どこまでも内側はクリアに捉えてくれる。
「緊張感が強いのはお偉いさんの対応をするためか。建物の外にまで警戒心を張り巡らせていないな」
「攫った奴隷の位置はどう?」
「一人だけお偉いさん達の近いところに居る。貴族の娘だろうな」
イツキの問いかけに答えつつ、舌打ちをする。
二ヶ所同時に強襲すれば一気に制圧できるだろうけど、奴隷の命は保証できない。
「ちょっと状況が厳しそうだけど、やっちゃおう。ワタクシ達が全員を救えるなんて傲慢な考えをしちゃダメなんだから」
驚いて視線を向けると、イツキは普段通りに微笑んで建物を見ていた。
オレも甘いな。善になりたいわけじゃないってのに。オレは、オレ達はシェイ様のように毅然と、シェイ様を支えられるように強くなりたいんだ。
二本の刀を両手で引き抜いて覚悟を決める。
「ウメ、エイジ。カウント3で突入するぞ。3、2、1っ」
ガシャンと激しい音を重ねながら、窓を破って侵入する。用心棒が驚愕している間に各員一人ずつ排除をした。
オレの刀で、イツキのヌンチャクで、ウメの二本の釵で、エイジの混で。
「なっ、何者だ貴様らっ!」
奴隷商のオーナーが声を荒げる。威嚇を兼ねているつもりの大声だろうが、震えているのが丸わかりだ。
「名前なんてどうでもいいだろう。強いて言うなら奴隷。オレ達はドン底から這い上がってきた奴隷だ」
オーナーの傍にはたるんだ貴族と、両手を後ろに縛られた娘と、一人だけ雰囲気が違う屈強な男がいた。
鍛え抜かれた身体にあちこちに刻まれた古傷。背には青竜刀が下げられている。力自慢なだけじゃないな。
「威勢のいい奴隷だが、ケンカを売る相手を間違えたようだな。言っておくがオレは冒険者で言うA級と同等の実力を持っているぞ」
威風堂々とした佇まいの用心棒は味方を安堵させ、敵を怯ませる。まぁオレ達が並みの敵だったらって話だがな。
「強い相手と相まみえられるのは幸運なんだけど、惜しいな。仕事じゃなければ楽しめもしたのに」
吐き捨てながら右の刀で斬り掛かる。A級と自負するだけあって反応が早く、青竜刀を合わされてしまう。そのまま衝突すれば武器を破壊されてしまうだろう。タイマンだったらオレの敗北だ。
「フリーズ」
「なにっ!」
エイジの放った氷結魔法が青竜刀ごと用心棒の腕を氷らせる。とは言えまだ勢いが残っているからな、一撃目はスライディングで躱してオレは逃げた。
視線がオレを追ってくるがソレは悪手だ。イツキもウメもいるんだからな。
「がっ……ぁ……」
イツキのヌンチャクが氷った腕を砕き、ウメの釵が心臓を突き刺した。
「そんなっ、こんなにあっさり負けるはずっ……」
驚愕しているオーナーの足下まで滑り込んだオレは、起き上がりざまに首を一刀する。
オーナーと用心棒の頭を潰せば終わったようなものだ。後は恐怖で喚き散らす貴族と用心棒かぶれのならず者を始末し、奴隷を根こそぎ回収するだけだ。




