392 黒を叩く黒
雪がチラつく新月の静けさは、街の中だというのに神聖さを感じさせられる。まるで人間のやましさを静寂で包んでいるようだ。
オレは屋根の上から、夜道を走り抜ける馬車を見下ろして思った。
「悪事を働くにはいい夜だよね。攫った人を運び込むにはうってつけだよ」
イツキが微笑みながら馬車を見下ろしている。
「運ばれてるのはみんな子供らしいな。亜人が四に、貴族の娘が一人か」
エイジが諜報奴隷部隊からもたらされた情報を復唱する。
「今日は貴族の偉いさんも立ち会うのだろう。まとめて潰すにはいい機会です」
裏路地に入っていく馬車を視線で追いながらウメが目を光らせた。
「よっぽど追加された貴族の娘の処理を自らの目で見届けたいんだろう。保護する価値は思ったより高いかもしれない」
最初の情報では亜人が四人だけだったが、急遽貴族の娘が追加されたそうだ。
建物の密集地帯に潜むように建てられた、一見店には見えない奴隷商。その前で馬車が止まると、豪奢な服に身を包む男が馬車から降りる。腹がたるみ、遠目からでも脂汗が酷そうに見える。
奴隷商のドアが開き、身なりのいいオーナーらしき男が接待をする。そして出てくる屈強な男達。馬車に入っては大きな袋詰めの何かを担いで奴隷商へと運び入れる。
「毎回思うが、人を運ぶにはガサツがすぎるんだよな」
「商品ではあるものの、人ではなく荷物のソレですからね」
「けど一つだけ丁寧に横抱きで運ばれてる袋があるね。他とは違う感が出ててなんか嫌だな」
襲撃するたびに思う。奴隷をなんだと思っているんだと。
シェイ様は常に言っていた。潰すのはブラックと確定している奴隷商だけにしなさい。グレーゾーンに手を出してはいけませんと。
奴隷というシステム自体は必要だ。まず犯罪奴隷はなくてはならないし、食っていけなくなって自身を売る貧困奴隷も必要。
前者の人権は薄いが、後者は最低限の人権を確保される。自由をほぼ失う代わりに最低限生活する為の基盤を用意してくれるのだから。
奴隷に落ちたとは言え、働きに応じて小遣いは増えるだろうし、買ったご主人様によっては待遇がよくなる事もザラではない。
場合によっては奴隷身分からの解放も充分にあり得る。
けど人攫いによって奴隷前の生活が壊されるのは論外だ。ブラックな連中は奴隷じゃない人でさえ、むりやり奴隷にして金を搾取する。
その先にある生活の落差なんて考えもせずに……いや、むしろ酒の肴にしているゲスささえ感じる。
「みんな。プラン通り奴隷達が運び終わった隙を突いて奇襲するぞ」
「運搬中は見つからないよう気を張ってるもんね。別に警戒してるあいつら相手に後れを取るつもりもないんだけど」
「可能でしょうが、奴隷達の安全が買えません、力試しの場は別に来ますよ」
「んじゃ、扉が閉まったら忍び込もうかね」
みんなやる気は充分だ。他の奴隷部隊もシャトー・ネージュから迅速な撤退をする準備を万全にしている。
「目標。奴隷商の根絶やし並びに、捕らわれている奴隷達の回収。行くぞ」
闇に潜んで悪事を働くには、新月の夜がもってこいだ。




