385 亡霊にならぬように
二階建て一軒家タカハシ家リビングで、昼食のそうめんにみんなして箸を伸ばしています。
おかずはシンプルにゆで卵が一人一個ずつですね。
なお昼食を作ったのはエアです。今日は豪快に麺を茹でたかったのだと言っていました。料理、出来なくはないんですけどね。気分によって熱がかなり違うのがまたエアらしいです。
ひたすらめんつゆにつけてはそうめんを啜るのを繰り返します。ゆで卵もめんつゆにinしてます。
風情を感じる為に吊されたグラス作の風鈴がチリリとリビングに響きました。
「次の勇者の目的地だけど、案の定シャトー・ネージュになったとアクアから連絡がきたわ」
チェル様がチュルリとそうめんを啜ります。品のある食べ方を出来るのが不思議ですね。
「予定通りですね。宣戦布告をした甲斐がありました。みんなは不服かも知れませんけどね」
やや挑発気味に言い捨ててから見渡します。グラスとヴァリーが睨み付けていますね。物申したい内容は違うのでしょうけども。
エアとフォーレは特に不満もないようで、特に表情の変化はありません。チェル様も普段通りに毅然としています。
シャインと父上はかなり心配そうな表情をしています。二人に対して言いたい事が真逆すぎて困ります。とりあえず邪魔な方を潰すべきか。
「そんなに熱烈に見つめないでくれたまえシェイ。勇者との戦いに不安を感じているのはミーもわかるさ。そこでいい考えがある。ミーと組んで二人で勇者を迎え撃つというのはどうだろうか。背中を守られるというのは思った以上に心強いよ」
自分の判断の遅さに辟易しますね。喋る前に喋れなくしなければいけなかったのに。
「エア、頼みます」
「食中の運動もオツだよね」
「待てエア。食中に運動するなんて話は聞いた事がぁぁぁぁ」
エアはシャインを後ろから羽交い締めにして窓から飛び出しました。どんな必殺技で降ってくるか楽しみです。
「シェイ」
視線を窓の向こうから戻すと、父上が心配そうを通り越して青い顔をしていました。こっちの方が心配してしまいますよ。
「先に伝えておきます。大好きですよ、父上」
父上の表情が驚きの表情に変わります。フォーレは間抜けな顔ぉ、と小さい声で言わないであげて下さい。
「自分は父上の傍にいる時が一番落ち着きます。常に気遣ってくれる優しさもくすぐったいです。木漏れ日のような優しさがとても馴染みます。だから自分は、父上の為に戦えます。いえ、父上から授かった自分の力を全力でぶつけたいんです」
鍛えていたのは、戦うべき時に備えての事。発揮する機会が訪れるのは、とても幸運な事なんです。
「死んでも父上に恨みはありません。今まで育ててくれてありがとうございました」
自分にできる最上級の笑顔で、伝えれる内に伝えなくては。伝えられなくなってからでは遅いのですから。下手をしたら亡霊にされてしまいますし。父上の亡霊にはなりたくありません。
父上の黒い瞳が揺れ、目尻に涙が溜まっていきます。
自分は席を立ち、父上の傍まで寄りました。
「旅立つ前にひとつわがままが。自分の頭をポンポンと撫でてから、行ってらっしゃいと手を振って下さい。それだけで自分は、満たされます」
真正面から伝えると、父上は溜め息を吐き出しました。
「ホント、シェイはかわいいよな。ありがとう」
やめてくださいよ。急にかわいいだなんて……ムダにがんばりたくなっちゃうじゃないですか。
「出かけるときは行ってきますって言えよ。んでもって、遠慮なく暴れてくるんだぞ」
「……御意」
戦いよりも出かけるときの方が楽しみになってしまいました。もう、何も怖くない気分です。
爽やかな風が窓から吹き込むと、エアがブレーメンサ○セットをシャインに決めたのでした。




