383 濃くなる黒
デッドを倒した翌日。僕はワイズと一緒に、ドワーフの村長の所へ話しに伺った。
一番期待を持てる鉱山が崩壊してしまったせいもあり、質のいい武器は生産そのものが不可能になってしまった。
鉱山の奪還失敗については思うところはあったようだけど、強くは責任追及されなかった。
人的被害がこれ以上なくなる。それだけで充分だと渋々納得してくれた。
ついでにワイズが、デッドが侵攻する前はどのように武器が流れていたのかを尋ねた。
質のいい武器は適正価格で、全てロンギングに売っていたそうだ。
勇者という権力をチラつかせ、むりやり安く買い取っているのではないかと邪推したのだが、杞憂に終わったようでなによりだったよ。
安堵の溜め息が漏れたね。やっぱりマリーは、そんな悪政を敷くような姫ではなかったのだって。
ふとワイズの表情を眺めてみる。なぜかとても険しい表情をしていた。
今夜はヴェルクベルクの奪還を記念した宴を開くと聞いて、村長の家を後にした。
ドワーフの事だからこれでもかというくらいの酒盛りだろう。大変な事になりそうな反面、楽しそうだとも思えてしまう。
「なぁジャス。武器をロンギングが買い占めてる話、どう思った?」
不意に、考え事をしていたワイズが問いかけてくる。
「そうだね。ドワーフに安定した利益が出るし、ロンギングが買っている限り需要がなくなる事はない。とてもいい関係を築けていると思うよ」
きっとヴァッサー・ベスの一方的な搾取は、マリーの目から逃れてしまった悪い貴族によるものだったんだろう。
「パッと聞いたらそうなんだがよぉ、オレはもう、マリーが黒くて仕方なくなってきた」
「なぜだいワイズ? ドワーフは搾り取られていないじゃないか」
「ドワーフはな。問題は買い占めた武器だ。仮に溜め込んだのなら軍の力は他の国の追随を許さないほど膨れ上がっちまう。脅しによる重圧を与え続ける事になる」
それは……他国がいい顔をしないだろうし、利益を毟り取られたとしても戦力が大きすぎて刃向かえない。
「逆に他国へ武器を売るパターンだが、どれだけ値段を吹っ掛けるかわかったもんじゃねぇ。なんせドワーフ製の武器を買い占めてんだかんな。他じゃ買えねぇ」
その考えで行くと、ドワーフにいい顔をしたまま必要以上の利益を他から毟り取っている事になる。
「確かに可能性はあるかも知れない。けどマリーがちゃんと平和を考えて政策している可能性だってあるじゃないか」
ボクが可能性を訴えると、ワイズは目を丸くしながら聞いてきた。
「なぁジャス。お前はどれくらい政治に介入してんだ?」
「してない。マリーは頑なにボクに仕事を回さなかったよ。魔王との戦いで疲れているのだから、少し休息しても誰も責めないって」
そう告げると、ワイズは手のひらで頭を覆って、青空を仰いでしまった。
「おまえ勇者の肩書きを利用されてた可能性大だぞ。ジャスを政治に関わらせない事でマリーは自由に動けていたんだ」
違う。不自然なほど振られなかった仕事は、そんな隠し事をする為なんかじゃ決してない。そう、決して……
どうしてだろう。思い出にあるマリーの優しい笑顔が、黒いベールに覆われてしまっている。あり得ない。あり得ない。
「まっ、オレもまだ確信したわけじゃねぇかんな。盛大な勘違いかもしんねぇ。だからこの話はいったん終わりにしようや」
ワイズは切羽詰まった雰囲気を霧散させると、ボクの肩を叩いて笑いかけた。
「ところでよぉ、次はどこに向かう。シェイから売られたケンカでも買いに行くか?」
そうだ。まだ戦いが終わっていない。きな臭い事は後回しにしてしまうおう。タカハシ家の侵攻を放っておけないのも事実なのだから。
「シェイはかなりの実力者だ。逃げるのも賢明な手だと思う。エリスなんかはエアとの戦いを求めているしね」
「弱そうなところを攻めるなら、デザート・ヴューやハード・ウォールに行くのも手だぜ」
場所と敵をイメージする。どこかパッとしないシルエットが浮かび上がってきた。
「決めた。今回はボクの独断でシャトー・ネージュへ。シェイとの因縁に決着を着けに行く事にするよ」
パッとしないシルエットを倒してどうする。しっかりと影のついた強敵、シェイを打ち破らなければ。逃げたらボクはきっと、臆病になって動けなくなってしまうから。
ボクの宣言に、ワイズはニヤリと笑みを作った。
「きちぃ選択だぜ。がっ、おもしれぇ」
待っていろ、シェイ。ボクたちに宣戦布告した事を悔やませてやるからな。




