379 息子の訃報
デッドが死んだ。最初そう聞いたとき、衝撃はあまりなかった。
俺はそうなる覚悟をして子供達を戦場に送ったし、ついに死亡者が出たかと受け流せる。そう思っていた。
訃報を聞いたその日の内に、デッドの影がチラついてきた。鮮明な声さえも耳に届いてきた。
どうして僕が死ななきゃなんねぇんだ。こんな目に遭わせやがってジジイ。やっぱあん時、毒殺しきってればよかったぜ。
何人もの亡霊に纏わり付かれては、あの手この手で恨みをぶつけてくる。
真正面から堂々と、耳元で囁くように、背後から寝首を掻くように。
デッドは生きたがっていた。いやデッドだけじゃない、子供達みんな、生きる権利があるんだ。父親だからと勝手に使い捨てていい命じゃない。
いいや、人生だって親が勝手に決めつけちゃいけないんだ。それを、決めつけてしまった。
これが、魔王としての人生を選んだ俺の罪なんだな。
例え亡霊に囲まれていなくても、ふとした瞬間にないはずの気配を感じてしまう。
寝付けずに何度も起きちまった時。朝日を窓から浴びた時、家から出かける時、メシを食べる時。
不覚にも「デッド」と呼んでからいないことに気づかされた。何度も、何度も。
まだ陽が高い時間に、俺は洗面台に手をついて俯いていた。
ずっと視界がふやけてやがる。足下もおぼつかねぇ。なのにデッドの輪郭だけはクッキリと見えやがる。
視線を上げると鏡には、力を持たない大馬鹿魔王が映っている。
テメェだぞ。テメェがデッドを死地へと追いやった。テメェがデッドを殺した。俺がテメェを殺してやりてぇぐれぇだ。
睨み付けると、睨み返してくる。クソっ! 気持ち悪ぃ。
「おとー大丈夫ぅ? 最近顔悪いけどぉ」
声をかけながらフォーレが洗面所に入ってきた。丸眼鏡に緑の瞳、マッドサイエンティスっぽい白衣を着ている。かなり心配そうな表情をしてるぜ。
「大丈夫だけどよぉフォーレ、顔が悪ぃのは生まれつきだかんな」
「そっかぁ。ちょっとごめんねぇ」
フォーレは何を謝ってるのか、手のひらを俺の顔に向かって伸ばしてきた。色白でかわいい指をしてるなぁ。
そう思ってたら、手のひらから細長いツタが俺の口へと伸びてきやがった。それも思いっきり喉まで。
喉を鍛えていない素人がいきなりそんな事をされれば当然リバースするわけで、俺はフォーレに背中を優しく叩かれながら介抱されてしまう。
「おとーって今までずっと耐えてきてたよねぇ。けどぉ、どうしよもなく気持ち悪い時は吐いちゃった方がいいよぉ」
「ゲホッ、ゲホッ。だからって、薄い本が厚くなるようなやり方を冴えないおっさんにするのはどうかと思うぞ」
頭を洗面台に突っ込んだ状態で見上げながら文句を言うと、コップ一杯の水を差し出された。
「とりあえず口を濯ごぉ」
「あんがとよ」
言われるがままに口を濯ぐと、酸っぱくて不快な味が薄れていく。
「はぁ……はぁ……」
「はいこれぇ。心が落ち着くように調合したお薬だよぉ。飲んだらちょっと休もぉ」
二杯目の水と一緒に、錠剤を差し出された。素直に飲んでおく。
「……苦ぇな」
「隙を見てお注射を打った方がよかったかなぁ」
「フォーレがそれをやるとシャレにならなそうだからやめてくれ」
その姿で注射なんて打たれた日には身体が変貌しそうで怖ぇわ。
「大丈夫だからぁ。アタイもデッドもぉ、誰もおとーを恨んだりはしないからぁ。だからアタイ達を信じてぇ」
見透かされてたか。ホント情けねぇな、俺。
「安心して眠れるようにぃ、リラックスできるアロマも作ったんだよぉ、今日はアタイが傍にいて手を繋いでてあげるぅ。だから休もぉ。顔がくたびれちゃってるよぉ」
断ろうかと思った。強がろうかと思った。俺はまだ大丈夫だぞと。
でも、大丈夫じゃない時に大丈夫と言っちゃいけないんだ。余計に心配させてしまうから。だから今は、甘えてしまおう。
「わかった。休ませて貰うわ。ありがとな、フォーレ」
ボサつき気味の頭をポンポンと叩くと、にんまりした笑顔が返ってきたぜ。




