377 残された者と残したもの
「やっぱり、殺したくなかったの?」
私の問いかけにシェイは、目を閉じて頷いた。
デッドは致命傷だった。殺さなくても死んでいた。なにより私たちは、助かるような戦いを挑んでなんていない。
「殺さなくてもよいのなら、続きを眺めていたかったですね。あんなヘタレでも自分のお兄ちゃんにあたりますし」
「うわぁぁぁぁあ!」
シェイの悲しげな告白を切り裂く幼い雄叫びが響く。木々の隙間をガサガサとかき分けながら、小さく短い握りこぶしを振りかぶってピンクのドワーフが姿を現した。
シェイは振り向いてアイポの姿を確認すると、何の抵抗もせずに頬を殴られる。
ダメージないだろうな。わかってて殴らせたんだろうし。
シェイは両手をぶら下げたまま、荒い息を上げるアイポを無言で眺めた。
無抵抗のシェイの身体を、アイポが正面から何度も殴りつける。
「なんでっ! なんで洞窟塞がっちゃってるのっ! どうしてお前らがここにいるのっ! デッドを返せっ! 返せぇぇぇぇえ!」
怒り任せに、それでも恐怖に震えながら殴り続けるアイポ。肌でシェイとの力量差を感じてるって言うのに、たいした胆力だよ。
アイポはここに洞窟の入り口があることを知ってたんだ。っていうか当たり前のように通ってったんだ。だから、デッドに近いこの場所にきた。たぶん、デッドへ逢いに。
「デッドは勇者を倒すんだもん! 終わったら新しく武器を作ってあげたり、一緒にお買い物したりおいしい物たべたり、きっと冒険とかもいくはずだったんだもんっ! だからデッドを返して……返してよぉぉぉぉ」
殴り続けていたアイポは、シェイの胸に両コブシを叩きつけ、そこを支えにしながらズルズルと膝から崩れ落ちて泣き叫ぶ。
「シェイ。デッドは幸せ者だったんだね。こんなにも想ってくれる人が出来てたんだもん」
「ええ、自分からも礼を言いますよ。デッドを愛してくれて、ありがとうございます」
「そんなこと言うなっ! 殺しておいて……殺して……死んで……あぁぁぁぁあ!」
ずっと避けてった単語を自分で言っちゃった。改めて自覚したんだろうな。
「アイポに問います。デッドのどこに気持ちが引っかかったのですか?」
「……寂しそうだったから。だから、寂しいのをなくしてあげたかった」
寂しい? デッドが?
「初めて会ったとき、乱暴だったけどわたしを見てくれた。話しかけてくれた。冒険にも連れていってくれた。楽しかった。怒ったり笑ったり、バカにされたり。お父さんもお母さんも無口だから、お話しできることが嬉しかった」
両親が無口なのは寂しそうだな。私はお母さんともお父さんともいっぱいお話しできてた。それがなかったら、どうなってたんだろ。
「わたしがいなくなるのを怖がってくれた。わたしと一緒だと楽しいと思ってくれていた。わたしも楽しくなった。だからデッドにも、わたしはいなくならないよって安心させてあげたかった」
「それであの猛アタックでしたか。にしても、デッドが失うことを恐れていたとは……」
シェイが呟くとおりだよ。私もわからなかったな。
「自分が言うのもおこがましいですが、アイポには生きていただきたい。もしかしたらその身体に、デッドの忘れ形見が宿っているかもしれないので」
「は?」
不意に私は、アイポと同じ言葉を漏らしたよ。だってアイポってまだ子供だよ。ついでにデッドも。
「デッドと子作りを二回もしたではないですか。それに、早い娘なら初潮来ていてもおかしくない年齢なんです。それに、事をなしたことで身体が勘違いをし、早くに来るパターンもあるようですし」
「それホント?」
「父上の世界で過去にニュースになったことがあるとかないとか」
それは冗談かドッキリかフィクションだと信じたいんだけど。
笑顔が引き攣った物になっちゃうよ。
「えっと、つまり。デッドの子供が出来るって事?」
アイポは疑問でいっぱいの頭をフルに働かせたかのように時間をかけて結論に辿り着いた。
「可能性としてはゼロではないでしょう。仮に身籠もっていたとしても、その若さでは過酷な道になるでしょうけども」
シェイの言葉を聞きながら自らのお腹を撫でるアイポ。なんかもう頭の中で決定事項になってる気がするんだけど、間違ってる可能性の方が遙かに高いんだよ。
「もー、デッドってばしょうがない父親なんだから。仕方ないなー」
その気になっちゃったー。たぶん1%以下の確立だよ。希望が薄氷なうえ茨の道すぎて怖いんだけど。
アイポは崩れた洞窟の入り口まで近付いた。たぶんもう、笑顔なんだろうな。
「もう大丈夫そうですね。行きましょうか、アクア」
「あ、うん」
突っ込みどころしかないけど、シェイと一緒にこの場を離れたよ。




