372 ちらちら
無数の刃が影に溶け込むように消えると、デッドの身体がドサリと倒れ伏した。
シェイは無言のまま歩み寄りつつ、ドワーフの少女に向かって腕を振る。投げナイフのような鋭く黒い投擲武器が、拘束していたクモの巣をスパンと斬った。
「あっ、あぁ……デッドぉぉぉぉお!」
転がって動かない無数の毒グモを踏み潰しながら駆け寄ってゆく。デッドが死んだと同時に、毒グモも全部死に絶えたようだ。
デッドを抱き寄せて叫ぶ悲痛な姿を背後に、シェイは無表情でボクへと歩み寄ってくる。
ボクが咄嗟に剣を構えると、歩みを止めた。
……くっ、隙がない。武器も持たずに突っ立っているだけだというのに、底知れない闇の奥を覗いているような不気味だ。
「安心して下さい。自分に今戦うつもりはありませんよ。デッドが死んで蠢きの洞窟を形成する魔力が尽きました。直に崩れる危険な場所です」
「随分とあっさりした言いようじゃねぇか。テメェで殺しておいてよぉ。家族じゃなかったのかよ」
平然と言い捨てるシェイに、ワイズが物申す。
「では聞きますが、あの状態のデッドを助けられたのですか? 自分は治療する術を持っていなかったですよ」
確かに助ける術はなかった。けどだからといってわざわざ殺すなんてっ。
「デッドはもう、長く苦しむか短く苦しむかしかありませんでした。なら苦しみを少しでも短くするのが、妹としての役割だと思ったまでです」
言われてしまえばわからなくはない考え方だけど、でも歪んでいる。愛情が。
「それと、コレを渡しておきましょう」
シェイが人の頭ぐらいの大きさをした石を投げてくる。クミンがボクの前に陣取り、受け止めた。
「なんだい、不意打ちかと思ったら鉱石じゃないかい」
「気持ち程度の戦利品ですよ。アクセサリーぐらいの装備には化けるでしょう」
言いながらシェイは、エリスとアクアの方を向き、歩を進める。エリスは警戒するも、シェイはまったく気にかけずにアクアの傍で立ち止まった。
「それにしてもアクア、まさかエリクサーを持たされていながら自分では使わないなんて。愚かとしか言えませんね。それとも自殺願望ですか?」
「ちょっとっ! いくらアクアの家族だからって、言いたい放題侮辱すんじゃないわよっ!」
エリスが怒り任せに矢を放つも、シェイは身体を反らすことで一歩も動かず回避をする。そして更に続ける。
「ここにはもう解毒する薬もなければ、解毒できるヒーラーもいないのです。もしかしたら勇者の強大な力をむりやり癒やしに変換して解毒してしまう可能性もないことにはなさそうですが、いくら勇者でもそれはムリでしょうね」
ん? 気のせいか? さっきから妙にシェイと視線が合う気がするんだけど。
「ではそろそろおいとましましょう。自分はシャトー・ネージュの常闇城にてお待ちしていますよ。あぁ、勿論次の目的地を選ぶのはそちらです。他の場所に逃げていただいても自分は一向に構いませんから。では」
挑戦的な黒い視線を投げつけたシェイは、闇と同化するようにこの場から消え失せた。漆黒の闇のような威圧感が消えてゆく。
「勇者の力を癒やしに変換……かっ」
ブレイブ・ブレイドに込めるほどの力を注げば、もしかしたらアクアの解毒を出来るのか?
無茶苦茶な理論だけれどボクは、やってみようと思ってしまっていた。




