371 影からの刺客
「デッド! デッドっ! コレ邪魔、放してっ! デッドっ!」
ピンク色の髪をしたドワーフの少女が、絡みついたクモの巣を必死に剥がそうと暴れながら、デッドへ叫ぶ。
恐怖や怯えなんて微塵も感じられない。まるで大切な人が命の危機に瀕したような、そんな切迫感を醸し出している。捕らわれていたはずなのに。
「ギャラリーのクセしてギャーギャー喚くんじゃねぇ! テメェは怯えながら戦況見守ってりゃいいんだよ! こんな攻撃ぐらいで、僕が倒れるはずが……がはっ!」
青筋を立てながら意地を張っていたデッドだったが、途中で吐血をして地面へ倒れ込む。
「死んじゃダメーっ! 勇者倒して強いの証明して、もっと楽しいこといっぱいしながらこれから私と暮らしていくんだよっ! こんなところで終わらせないでっ!」
人質ではなく、ギャラリー。ふと思い返せば、デッドは彼女一人だけを見ながらギャラリーと言っていた。つまりは、最初から彼女だけは手にかけるつもりがなかった?
「わたしが作ってあげた武器が弱かったなら謝るからっ! もっと強い武器を作れるようになるからっ! だからっ、わたしを放してっ!」
「ごちゃごちゃ自分勝手なことぬかしてんじゃねぇよ。テメェなんざ気まぐれのお遊びで付き合ってやってたに過ぎねぇんだ。あのオモチャだってザコをいたぶるのに丁度いいから使ってただけだ。壊れたからってなんとも思っちゃねぇんだよ」
嘘だ。フレイルが壊れたことでデッドは確実にキレていた。それほどまでにもらって嬉しかったプレゼントだったんだ。
「オモチャじゃないもん武器だもん。デッドのバカっ! バカは治さなきゃ死んじゃうんだからっ!」
ボロボロと涙を零しながら懸命に叫ぶ少女。だと言うのにデッドは、彼女の名前も呼んでいない。この感じだと、知っているであろうに。
「バカはテメェだ。僕がこんな程度で殺されるはずねぇだろ。軟弱なアクアだって耐えてたんだ。僕が耐えれねぇなんてあり得ねぇ!」
傷口から赤い血を流しながら、根性で立ち上がるデッド。しかし立ち上がるだけで精一杯だ。フーフーと肩で息をし、状態がふらふらと揺れている。
「こっから勇者共を全員殺して、死体をいたぶりながら悦に入んだよっ! 舐めたことばっか言ってっと今度こそ殺すぞバカヤロー」
デッドが言い放つと、少女の周囲に毒グモがぞろぞろと集る。いくら何でもマズい。
「殺せるもんなら殺してみなさいよっ! 四年前だって殺せなかったくせにっ! 見栄張ってないで助けてって言ってよぉぉぉ!」
デッドは極悪人だ。アクアだってそうだった。絶対に討伐しなければならないほど、罪を犯している。けれども、この戦いは本当に勝っていい戦いだったのか?
ボクたちは、一体なにと戦わされているんだ?
わからなくて仕方がない。
「殺ってやるっ! 殺してやんよっ! 勇者共を屠り去った後でなぁ!」
デッドは少女から視線を外して、ボクの方へと虚ろな視線を向けてくる。その赤い瞳がボクを映しているのかも怪しい。
もういい、わかった。デッドは少女を殺せない。もうボクなんて見ずに彼女を見ていればいい。回復魔法を使えば少しは生き存えるはずだ。
だってデッドは、アクアの時と違って致命傷だ。傷口が深すぎる。ボクのちょっとした回復魔法じゃ間に合わない。
「オラァ! ビビってんのか勇者ぁ! さっさとかかって来いよぉ! どこにいやがるぅ」
無造作に2~3回腕を振り回しては血を流して動きを止めるデッド。もはや見ていられない。
「もう決着だデッド。今すぐボクの回復魔法を受けるんだ。そうすれば、ほんの少し彼女と話せる時間を作れるだろう。わかってるんだろう。もう最期なんだ。せめて仲直りをして……」
「うっせぇ! 僕とテメェらは殺すか殺されるかの関係なんだよ。例え僕が死んでも、道連れにすんのが……っ!」
「デッドっ!」
なっ!
デッドが怒号の途中で身体を硬直させる。その胸からは、黒く細い刃が生えていた。デッドの血で、彩られている。
この場には僕たち勇者一行とデッドとドワーフの少女しかいなかった。じゃあ、アレは?
「見苦しいですよデッド。もう決着がついているというのに、いつまでも未練がましいです」
デッドの背後、影のように暗い少女が黒い刃で突き刺していた。
「シェイ……テメェ、だったのかぁ……」
シェイ。ロンギングで一番長くボクと剣を交えた、黒色の魔王の少女。
「散り際は潔い方が好感を持てます。が、いつまでも死ねないようですので自分が介錯をしましょう。さよならです」
躊躇いのない一言で、この場にいる全員が息を呑んだ。
「殺技・鋭影」
デッドが突き刺された刃の内側から、ウニのように無数の刃が身体を突き破って生えたのだった。




