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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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36 広がるテリトリー

 ヴァリーと手を繋ぎながら廊下を歩く。だっこした方が早いんだけど、俺の腕が悲鳴を上げているので温存することにした。

 ヴァリーはだっこしてくれないことが不満で、頬をプクーと餅のように膨らまかしていた。甘えてくれるのは嬉しいけど、俺の体力のことも考えてほしいな。

「あっ、そうだ。チェルの部屋に戻る前に、デッドの様子を見たいんだけど、寄り道してもいいか」

「もー、パパってばわがままが多すぎ。しょーがないなー。聞き分けのいいヴァリーちゃんだから、寄り道を許してあげる」

 腰をクネクネさせながら、おませにウインクする。オレンジの瞳が輝いて見えた。

 ヴァリーは大物だな。パパを手玉に取るなんて。まぁ、俺はいいんだよ。ある程度なら妥協もできるから。かわいいし。でも、モンムスたちの海に放り込んでも大丈夫かな。

 想像するだけで疲れてきた。

「ありがとな、ヴァリー。それと部屋のなかではおとなしく、いい子にしていてくれよ」

「きゃはは。ヴァリーはいい子だからうるさくしたりしないよ」

 根拠のない自信を持って、堂々と胸を張る。なぜだろう。不安で仕方がない。うるさくなって毒グモに刺されなければいいんだけど。


「よぉ、アラクネ。デッドも元気かぁ」

 巨大なクモの巣を見上げながら声をかける。一緒に眺めていたヴァリーからはおぉ、と感嘆の声が上がった。おそらくはオレンジの目をまん丸く見開いて驚いているのだろう。

「パパ、なんだか薄暗い部屋だね」

「それ、ヴァリーが言うことか」

 確かに薄暗いけども、地下墓地に住んでいたスケルトンがはいていいセリフじゃないだろ。

「きひひ、コーイチじゃないかい。かわいいデッドの顔でも見にきたのかい。おや」

 内心呆れていると、巣の上からアラクネが顔を出した。十一の瞳がヴァリーを捉え、首をかしげる。

「どうしたババア。またジジイが顔を見せにきたのか?」

 気だるそうな声が響いたと思うと、アラクネの背からデッドが顔を出した。

 紫のカリアゲに赤く鋭い瞳が俺たちを見下す。ちなみにジジイとは俺のことだ。生後一ヶ月にしてかなり困った性格ができあがっていた。

「ん、ジジイ。その子はどうしたんだよ。どっかからさらってきたのか」

 きひひ、と下卑(げび)たる笑いを響かせながら、ヴァリーに目を向けた。

「人聞き(わり)ぃこと言うなよ。てか、俺そんなに悪人に見えるか?」

「確かにへっぴり腰のジジイじゃ無理だな。で、誰なんだよ」

「ヴァリーはパパの娘だよ。八人目で五女なんだから。かわいいでしょ」

 デッドの問いにヴァリーは自ら答えると、赤いスカートの両端をちょこんと摘まんでお辞儀をした。

 あざといな。いったいどこで自分をかわいく魅せる術を身につけたのか。

「八人目。ってことは末っ子だよな。そいつが僕の妹なわけ」

 デッドはアラクネの背中から飛ぶと、紫色の丸いお尻から糸を伸ばし、地面すれすれまで降りてきた。八本の短い脚がわしゃわしゃと動く。

「ふーん。ジジイの娘にしてはかわいいじゃん。きひひ、僕の妹なら当然か。僕はデッドだ。六番目に生まれた、三男だぜ」

 宙ぶらりんのまま挨拶したと思ったら、よっと声をあげて地面に着地した。まじまじとヴァリーの顔を観察してから、俺に向かって顔を上げる。

「で、ジジイ。なんでヴァリーと一緒にいるんだよ」

 赤い瞳で早く答えろよ言わんばかりに見上げてくる。デッドは俺を本当に父親と思っているんだろうか。

「ヴァリーは今日からパパと一緒に暮らすことになったのー。いいでしょ」

 どうこたえようか言い淀んでいると、ヴァリーは自慢するように胸を張った。

「へぇ、ジジイと一緒に暮らすのかよ。おいババア」

「きひひ、あんたもコーイチのもとで暮らすかい」

 デッドは見上げると、アラクネは愉快げに言葉を降らす。

「あぁ、そうさせてもらうぜ。なんだかおもしろいことになりそうだかんな」

 イタズラを目論む笑みが耳に届くと、嫌な汗が背中を流れた。

 ちょっと待て。比較的に問題児だと思えるデッドとヴァリーを一緒に預かるのか。ただでさえ慌ただしいってのに。なんだか渦巻いている海に原子炉を積んだ大型船を突っ込ませる図が頭に浮かんだんだけれども。

「きゃはは。いいよ一緒に暮らそ。とーっても賑やかになる予感がするわ」

「ぜってーおもしろくなるって。どんなことをして遊んでやろうか」

 俺の心配をよそに、デッドはヴァリーと腕を組んで結託してしまう。

 不安しかねぇんだけど、早かれ遅かれ二人とも引きとることになっていただろうからな。ちょうどいいって割り切った方がいいかもしれん。の前に。

「ところでデッド。人間の姿になりたいって思わねぇか?」

 クモの足は目立つしクセがありそうだ。早いうちに完全人化に慣れた方がいいだろ。

「いや別に。なったところでどうというわけでもないだろ。そもそもありえねーし」

 一蹴されてしまった。何言ってんだこのジジイとでも思っているかのような、困った表情を浮かべていた。こともあろうかヴァリーも頷いて同調している。

 なんだよ。出会ってすぐなのにその連帯感は。

 いや、気持ちはわかるけどな。俺だっていきなり魔物の身体になりたいかなんて言われたらお断りだもん。あっ、でもドラゴンとかは憧れるかも。

「そんなこと言わずに、俺を助けると思ってやってみないか」

「ちっ、めんどくせージジイだ。放っとくとうるさくてしかたねぇ。一回だけやってやるからありがたく思えよ」

「ほーんと、パパはわがままなんだからー」

 うぉ、上から目線もいいとこだぜ。思わずこめかみがピクピクしちまうよ。

 俺はひきつる顔をやわらかな表情にするのに必死だった。

「つきあってくれてありがとな。じゃあ、人間の姿を意識してくれ」

 デッドは目をつむると、うんうん唸りだした。ついでにヴァリーも同じことをやっている。暇つぶしの一環だろう。

 眺めていると紫色をしたクモのお尻はなくなり、代わりに全裸の下半身が出来上がる。ヴァリーに至っては骨がむき出しになっていた部分にしっかりと肉がついた。触ってみるとプニプニとやわらかい感触が心地いい。

「うお、できた。ジジイ、これでいいのか」

「わー、骨が消えちゃった。でもこっちの方がかわいくていいかも。きゃは」

 二人の完全人化の成功に、ひとまず満足するのだった。


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