35 甘えの爆弾
フォーレを引き取ってから一週間が経過。子供同士の小さな衝突はあるもけれど、特に険悪な雰囲気には発展しなかった。
これはフォーレがうまい具合に立ち回ってくれたおかげだ。
ようやく落ち着いてホッと一息ついたところだった。
「コーイチ。ヴァリーがコーイチに甘えたくて仕方がないみたいだから預かってくんない」
薄暗く、場にいるだけで寒気を感じる地下墓地。たくさんの十字架が突き立っていて腐臭で気が滅入るエリアに、一際明るい口調でスケルトンが切り出してきた。
細く伸びる骨の足元から、両手を突き出しながらテトテトとヴァリーが歩いてくる。やわらかそうな左手と、骨がむき出しになった右手だ。
フリルのついた赤いワンピースは、スカートが花を咲かせるように広がっている。ヴァリーに至っては生まれてすぐに服を着させるようにしていた。骨は痛々しいし、肉づいている部分は人間と変わらない。個人的に隠せる部分は隠したかった。
身体を左右に揺らしているので、転んでしまう気がしてならない。
「おー、俺はこっちだぞ、ヴァリー」
俺はしゃがむと、腕を広げて受け入れる態勢をとる。
オレンジの瞳は俺を捉えて離さない。燃えるように赤いパーマが左右に揺らしながら、一歩ずつ冷たい大地を踏みしめる。
「パパ。だっこしてー。だっこ」
腕が届く範囲までくると、脇を広げて期待の眼差しを向けた。
よっしゃ、そっちがそのつもりなら俺も全力で応えないとな。
ガッチリとヴァリーを掴んでやって、立ち上がる勢いで持ち上げた。足が軋むような負担を強引にねじ伏せ、無理が顔に出ないように笑顔の仮面をかぶる。
「きゃはは。楽しい。ねー、もう一回下ろして持ち上げてよー」
身体が浮かび上がる体感を心底気に入ったようで、母親譲りの笑い声でアンコールを要求する。
「よーし、もう一回だな」
笑顔を貼りつけたまま思う。やっちまったと。
どうしよう。喜んでくれるのは嬉しいんだけど、そう何回もやれるほど俺の身体は丈夫じゃねぇ。どうにかして切り上げないと。
「次で最後な。行くぜ」
ヴァリーを地面に下ろしながら、約束を交わす。
「え~、もっとやりたーい。ねー、お願いパパ」
目をキラキラと輝かせながら上目使いにお願いしてくる。つい満足いくまで甘えさせたくなるけど、俺は人間のなかでもひ弱な部類なので限界も近い。
「だーめ。そんなこと言うともうやってやんないぞ」
「ケチっ。やってくれたっていいじゃん。パパってば情けないんだから」
プンプンしながら頬を膨らます。眉が吊り上って不満をまっすぐぶつけてきた。
「きゃはは。不甲斐ないパパだね、ヴァリー。でもあんまりわがままばっかり言ってもだめだからね」
「えー、ヴァリーはそんなにわがままな子じゃないもん」
そうやって手を腰に当ててプンスカ怒っている時点で充分にわがままなんだけどな。
「そんなに膨れるなって。もう一回だけならやってやるから、なっ」
「むー、しょうがないなー。パパってばわがままなんだから。さっ早く早く」
コロコロと表情を変えながらおねだりする姿を愛らしく思う。手がかかるけど、子供らしくってホッとした。
アクアやグラス、フォーレとは違った感じで苦労しそうだな。トラブルメーカーにならなきゃいいけど。
持ち上げてやると、きゃははと黄色い声を上げた。無邪気な笑顔に、まぁ何とかなるだろ、と無責任なことを思うのだった。
「きゃはは。これからヴァリーのことをよろしくね。パパ」
「おう。こっちこそよろしくな」
ヴァリーをギュっと抱きしめて頬ずりしながら、預かることを承諾したのだった。
「パパ、ヒゲが痛い。やめて」
あぁ、ホントに素直な子だな。嬉しくて涙が出てくるよ。




