351 デッドの魔王城
「わぁ。デッドてば、大胆だなぁ」
巨グモが暴れ回っているのを見上げながら、アクアが呟いた。臨戦態勢を取ろうともせず、リラックスしているようにも感じられる。
ドワーフたちが薙ぎ飛ばされているのに、アクアは観戦を徹底するつもりだ。
「ワイズ、クミン。ボクが引きつけるから二人で遠距離から仕留めてくれ」
ボクが駆け出すと同時に、火炎と火矢が巨グモへと飛来する。
「ジャスっ! ワシも囮にっ」
「下がっていろクミン。この程度なら大したボクたちだけで充分だ」
戦線参加しようとするクミンに制止をかけながら、振り払われるクモの足を斬り飛ばす。
巨グモが怯んでいるところに無数の火炎系攻撃が降り注いでいく。
出現が奇抜なだけで、ただのでくの坊。普通の魔物よりは強いだろうけど、頭一つ抜けているわけでもない。
たかが一匹の魔物。呆気なく沈静化に成功。この手応えなら、準備を調えたロンギングの精鋭達でもなんとかなっただろう。
戦闘で負傷者が出たもののみな軽傷だ。けども、後味が悪すぎる。
剣を鞘に収めながら、この戦闘唯一の死傷者である女性の元へ歩く。
「かわいそうに。こんな表情になるほど痛く苦しく、怖かったんだね」
絶望と痛みで見開いた目をそっと閉じてやり、せめて死後は穏やかにと願う。
どれだけ力があろうとも、こうなっては願うことしか許されない。
「さすがだねジャス。けっこう強めの魔物に完勝するなんて」
場違いな笑顔と明るさでアクアが、労いながら近付いてきた。
無神経さに怒りを覚えてしまう。こんなにもやりきれない勝利だっていうのに、どうして無邪気に喜べるんだ。
「アクア。戦いって言うのは、ただ勝てばいいわけじゃないんだ」
声に威圧感が籠もるのを止められなかった。やり場のない怒りをぶつけるように睨んでもいる。なのにアクアは微笑んだままだ。
「そんなのわかってるよ。勝って終わる戦いなんてないもん。だからジャスも、私たちも苦労してるんだよね」
アクアと話していると時折感じる。見えているものと、見えていないものの違いを。
どこかこう、違う軸から会話をしているようなズレを。
「明日、最善の形でジャス達が勝てることを楽しみにしてるよ」
「意味をわかって言ってるのか。ボクたちが勝つって事は、君の弟を殺すって事だぞ。あの、鉱山で」
鉱山の入り口を指し示しながら、決着の意図がわかっているのか問う。
アクアは上機嫌な笑顔のまま、鉱山の入り口に首を向ける。
「あの鉱山ね、蠢きの洞窟ってデッドが名付けたんだって。もう鉱山の面影が残ってないほど中身をいじくったデッドの根城。私で例えるなら、アクアリウムだね」
不意にもたらされる情報。あの鉱山の入り口がデッドの魔王城、蠢きの洞窟。
ただ名前を都合のいいように変えただけなんだろうけど、魔王城となると乗り込む覚悟が変わってくる。
「デッドと戦っている時だけでも、蠢きの洞窟って呼んであげて。終わったら鉱山呼ばわりで構わないから」
首を戻して見せた心底からの笑顔。
よくわからない方向性の気遣いは、きっとアクアの弟に対する情愛なんだろう。
「デッドからのサプライズプレゼントはジャスに向けられたものだよ。ちゃんと釣り合ったお返しをしてあげないと、デッドがガッカリしちゃうからね」
「っ……そうか」
アクアから打ち明けられる話は衝撃的すぎて困る。
ボクの気を引く為だけにこんな悲劇を引き起こす。
待っていろデッド。必ず期待以上の成果をお前に刻み込んでやる。




