350 恐怖からの解放
村長と話をつけたボクとワイズは、宿でクミン達と落ち合った。
クミンは無事に幼なじみのペトラに会って、大剣の整備をお願いしたらしい。今日中に終わるようなので助かった。
明日には鉱山に攻め込みたかったからね。クミンの大剣抜きじゃこの戦い、まともな勝負にすらならないだろうから。
明日攻め込むことを伝えると、呆れた表情でやっぱりねと言われてしまった。
ボクはわかりやすいほどせっかちなんだろうか。
なお装備の新調については素材不足を理由に断られたようだ。
やはりペトラの所にも鉱石は残っていなかった。
アクアと訓練をしながら時間を潰し、陽が赤く染まってきた頃だ。攫われた女性が一人逃げ帰ってきたと情報が飛んできた。
一人でも助かったのなら朗報だ。
ボクたちはその女性ドワーフの元へと向かった。自分で言うのもなんだがボクは勇者だ。傍にいるだけで安心感を与えられるのではと思っての行動だった。
あわよくば鉱山内部の情報も話してくれるのではとも思っていた。
駆けつけて見た女性は、見るも無惨な状態だった。身体中が腫れ上がり、衣服はズタボロに破られていてあられもない姿をしている。なにより怯えながら泣き崩れている様が、どんな恐怖を体験してきたかを物語っている。
「かわいそうに。アイツはまだ結婚したばかりだったのに」
遠目から眺めていたドワーフたちの会話が嫌でも耳に入る。
つまりあの女性は新婦って事か。どう見ても手籠めにされているじゃないか。男のボクでさえ屈辱と恐怖が想像できてしまう。女性だったらもっと共感でしてしまえるのではないか。
コレがデッドの所業だとでも言うのか……。
「ふざけるな」
奥歯を噛み締め、吐き出すように呟く。一人の女性をこんなになるまで貶めるなんて、貶めるなんてぇ。
酷すぎて適切な言葉が思い浮かばず、握りこぶしをグッとキツくする。
アレほど酷い状態の女性に何を言えば救える? 希望を取り戻させることが出来る?
勇者という希望がいかにちっぽけか思い知らされる。
深く刻まれた心の傷は、第三者では到底癒やせない。
不意に、泣きじゃくっていた女性の動きが止まる。
……なんだ?
「ぃ。痛い。痛い痛い痛いっ! あぁぁぁぁあ!」
目を剥いて全身を痙攣させると、しまいには仰け反って金切り声をあげた。
そして腹が裂けると、見上げるほど巨大なクモの魔物が産み出てきた。
「っ……なっ!」
突然の出現に放心してしまう。そしてソレはボクらだけでなく、周囲にいたドワーフたちも同様だった。
魔物が動揺に気遣ってくれるはずもなく、なぎ払われる細長い足や、吐き出されるクモの糸がドワーフたちを襲う。
ワイズが魔法を撃つのに、エリスが弓を構えるのに、ボクが剣を抜くのに、僅かに時間がかかってしまった。
巨大なクモの片隅には、腹が裂けきったドワーフの女性が恐怖と絶望に目と口を開けたまま事切れていた。




