341 エリスの特訓
アクアとの戦いを終えて二週間。
アタシはジャス率いる勇者パーティにアクア、そしてロンギングの精鋭三十人を引き連れて馬車で進行をしていた。
目指す鉱山の村ヴェルクベルクは遠いので、行く先々の村に立ち寄りながら進んでいた。
名前も知らなかった小さな村に一泊。アタシは朝のすがすがしい陽を浴びながら、簡易な的に向かって矢を放っていた。
「当てるだけじゃダメ。常に魔力を込めて、動きながらでも正確に、強く速い一撃を放てないと」
左右に走り、無茶な体勢で弓を引いては放つ。ブレてはいるけど的には当たってる。けどダメだ。
「アクアと戦って、触れ合って実感した。敵の果てしない強さを」
真の意味ではアクアに勝てなかった。勇者一丸で全滅も普通にあり得た。そんなアクア級の敵と後七人も戦わなきゃいけない。
「勝つ為……うんん、生き残る為にももっと強くならなくっちゃ」
もしかしたら最後まで生きられないかもしれない。けどせめて、アイツだけはアタシの手で。
「おはよーエリス。今日も朝から精が出るね」
気合いを入れているところを、アクアが後ろから抱きついてきた。
「ちょっとアクア! 鍛錬の途中でいきなり抱きつかないでって何回言ったらわかるのよ」
まだ短い付き合いだってのに、何回同じ事を叫んだ事か。しかも今日はなんか口に咥えてるし。
「抱きつけるって思ったからつい。だいぶ動きにキレが出てきてるよ」
「ついでとばかりに褒めないでよね。それと何食べてるわけ?」
「イカ焼き」
……イカ?
「あんた、確か半分クラーケンじゃなかった?」
「そうだよ。あそっか。人間って人食べないから違和感覚えちゃうんだ」
「ちょっ、例えが不穏過ぎるわよ!」
何サラっと人間が食料発言してんのよバカ。アクアがイカ食べるのってそういう感覚なわけっ。
「そんなに慌てないでよ。軽い冗談だって。エリスってばかわいいんだから」
かなりいい笑顔をされたから、黙って頬を摘まんでやった。
「もー、事あるごとにほっぺた摘ままないでよ」
「アタシにほっぺたを摘まませるようなしないでよね」
どうしてもアクアがアタシより圧倒的に強い事を忘れさせられちゃうのよね。
「楽しい特訓方法してるけど、デッドを相手にするにはちょっと心許ないかな」
「デッド?」
急に知らない名前出されても困るんだけど。
「クモみたいな男の子。ヴェルクベルクで待ち構えてる私の弟。クモの巣を使ったトラップとか使うのが得意だね。腕っ節も強いから油断できないよ」
「は?」
なんかとんでもない情報がダダ漏れになってる気がするんだけど。
「ちょっとアクア、ストップストップ。そんな事アタシ達に教えちゃっていいの?」
アクアは敵対しなくなったとはいえ、味方になったわけじゃないのよ。それなのに肉親の情報を勇者達に教えちゃうわけ?
「いいんじゃないかな。私が直接手を下す訳じゃないし。ってわけで、特訓方法変えてみよっか」
アクアはあっけらかんに言うと、地面に数ヵ所水溜まりを作った。よく見ると的にも小さな水球が張り付いてる。
「何アレ?」
指差しながら尋ねてみる。特訓するのに邪魔でしかないんだけど。
「あの水溜まりは敵の罠で、踏んだら致命傷を受けるって設定かな。的の水球は敵の急所だと思えばいいよ」
「罠に急所、ね。実践的でいいじゃないの」
余計な気遣いしてくれるじゃない。けど行き詰まってたのも事実だし、上等だわ。
不思議と笑みが浮かびあがっちゃう。強くなれる予感がする。
「今日はこのまま特訓しよっか。明日からは特訓の途中で水溜まりと水球を動かすつもりだからそのつもりでね」
「あんたは鬼かっ!」
一気に敷居を高くしないでよね。聞いただけで心折れそうになったじゃないの。
「やだなー。私は鬼じゃなくてイカだからね」
「もうちょっとクラーケンである事に矜持を持って。自らイカ呼ばわりしないで」
「私に矜持を持たせたかったら、私の特訓をやりきってよねエリス」
「なんであんたの矜持がアタシにかからなきゃいけないのよ!」
やってやるけどさぁ! なんか納得いかない。
「そうそう。強くなってね、エリス」
アクアの笑顔が、少し陰って見えた朝だった。




