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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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33 選択肢

 謁見の間の奥に、装飾と座り心地を追求した玉座が置いてある。ただそこにあるだけで威厳を放つ椅子に、ふさわしい器を持つ魔王アスモデウスが堂々と腰を下ろしていた。

 紫色をした毒々しい肌に、丸太のように逞しい腕。手足の爪は鋭く、鉄でさえたやすく切り傷を刻むであろう。

 黄金に輝くカブトに見合う風格を携えた姿は、魔の王と称するに相応しい。

 チェルは大理石の床を左右に裂くように敷かれた青い絨毯の上に立ち、偉大なる魔王にして親愛なる父を見上げていた。

「というわけで、コーイチの子供たちによる問題は落ち着いたわ」

「そうか。ご苦労であった。これで当分はチェルのグチを聞くこともなさそうだな」

 魔王の声は低く、地鳴りのように響く重さを醸し出している。が、娘との会話にはわずかなぬくもりを感じとれた。

 グチ、ね。いけないわ。お父様はただでさえ忙しい身だというのに、私の些事なことで手を煩わせるだなんて。

 不甲斐なさに歯を食いしばる思いだ。見えない大きな手で自分の細身な身体を握りつぶしたくなる。

「お父様、勇者の動向はいかほどで」

 魔王はふむ、とあごを撫でる。仕草の一つ一つが重々しく、耐性のない者が見れば空気に押し潰されるだろう。

「極めて順調だ。我が四天王の一角、猛角の獣王が勇者の剣に沈んだ。予想よりも勇者の成長が早いな。計画の見直しが必要になろう」

 着実に追い詰められている立場だというのに、楽しげな笑みを浮かべている。余裕すら感じる態度がとても頼もしい。

 これが王としての佇まいなのよね。私になれるかしら。何事にも動じない、不動の王に。

「そう。あまり喜んではいけないんでしょうけど、私が魔王を引き継ぐ日も近そうね」

 頭の引き出しから余裕という言葉を引っ張り出して、笑顔の上に重ねる。不敵な微笑みをイメージし、頂点の座を狙う野望のオーラを(まと)う。

 魔王は追い詰められたように顔をしかめると、眉根を寄せて怖い顔をした。しばらく重たい静寂が場を支配する。

 少し図に乗りすぎたかしら。怒らせるつもりはなかったのだけれども。とはいえ頼もしい後継者であることもをアピールしておかなければ、お父様は安心して勇者に討たれることができないもの。ここは強気が正解。

 チェルが緊張で喉の渇きを覚えていると、魔王はふーっと大きく息をはいた。

「チェル、別に魔王にこだわらなくともよいのではないか」

 えっ、何を言っているの?

 目を見開いて言葉の続きを待つ。

「どう控えめに見ても無理をしているのでな。最悪、我が最後の魔王になる覚悟もできておる」

 しばらくの間、何を言われているのかわからなかった。けど空気からしみ込むようにゆっくりと意味が頭に入り込んできた。考えると身体が震えてしまう。

「お父様は、つまり……私に期待していないのですか」

 私はそこまで、頼りない存在なのかしら。

「そうではない。だがチェルは続いてきた魔王の歴史で紛れもない例外だ。母親のことも考えると、荷が重すぎるのでは」

 厳ついはずの視線はやわらかい。カブトに阻まれて見えない眉は、困ったように寄っているだろう。

 お母様の血がこの身体には流れている。別段、嫌いなわけではないけれども、こういうときにはもどかしくて仕方がないわ。

「例外、ね。そんな括りに甘えてしまう私は、どうしようもない足手まといだわ。お父様から必要とされないほどに」

 もうお父様の顔すら見上げられない。視界が青い絨毯でいっぱいだわ。ふふっ、情けなさすぎて笑えてきたわ。

「それは違うぞ!」

 気弱さがすぎたのか、魔王が一喝する。ビクリと反応して見上げると、おいたをした子供を叱る親のような顔をしていた。

「我らはチェルに確かな愛情を抱いている。故に、茨の道を歩ませたくないのだ。この場にはいないが母親も同じことを思っておろう」

「お父様、ありがとう。でも、私は魔王を諦めるつもりはないわ」

「チェル……」

「いつかお父様が勇者に討たれるとき、安心して逝けるようになってみせるわ。だから……」

 だから、なんと言えばいいのでしょうね。私を信じて? この(てい)たらくな状況で安っぽい言葉なんて言ってられない。

 気がついたら、再び視線は下がっていた。

「ときにチェルよ。コーイチとかいう人間とはどうだ?」

 急に話が飛んだ。いえ、強引だけれど話題を変えてくれたのでしょうね。

「これといって伝えることは何もないわ。弱くてたいした頭脳もないくせに、虚勢(きょせい)だけは一人前以上に張るのだから。見ていて笑えてくるわ」

 日常にあったことを簡潔にまとめて話す。すると、魔王の表情が驚きに包まれた。

「あら、お父様。どうかして」

「いや、楽しんでいると思ってな。気づいているか、今日我は初めてチェルの安心できる笑みを拝むことができたのだぞ」

「へっ?」

 とっさに自分の頬を手で触ってみる。どことなく、笑顔になっている気がする。笑顔を演じるつもりはなかったのに。

 一体どうして。

「よい、日々を楽しく暮らしているなら何よりだ。我は、コーイチを詳しく知る必要ができたな」

 何が愉快なのか、魔王の口元が大きな弧を描いた。だが同時に、口調には困ったようなニュアンスが感じ取れる。

「よくわからないわ。でも、コーイチを調べるならお好きにどうぞ。別に、私に断りを入れる必要もなくてよ。それじゃ、失礼するわ」

 よくわからないうちに居心地の悪い空気ができあがってしまったわ。これ以上ボロが出る前におさらばしてしまいましょう。

 踵を返し、ドアへ向かって歩く。後ろから魔王の呼び止める声が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいね。

 今日はもう疲れたわ。さっさと部屋に戻って、すぐに寝てしまいましょう。

 魔王のわりかし大きな声を無視して、扉を閉めたのだった。

 年頃の娘は難しいなんて言葉は、全く聞こえていないんだからね。


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