327 人間
アクアリウム周辺の水色の港に到着するなり、船から下りたエリスがへたり込んだ。
「しっ……死ぬかと思った」
「エリスってば大袈裟だなぁ。槍雨とかの方がよっぽどか危機感あると思うよ」
海から港に上がりながら見渡してみると、エリスを含めた全員がへたり込んでた。あれぇ?
「殺意のある攻撃よりもなぁ、殺意のねぇスピードの方が怖ぇ事もあんだよ」
「ホント、アクアってば驚異的な能力してるわ」
予想もしなかったグロッキー状態が目の前に広がってる。何がいけなかったんだろぉ。
「もしかして、船が思った以上に揺れてたのかな? 帰るときは揺れと時間半分で帰れるように気をつけるね」
「これ以上速く泳がないでくれ」
えー。ツラい時間は短い方がいいと思うのになぁ。
「……その姿。ホントに魔王だったんだな」
ようやくジュンが紡いだ言葉は、私のハーフクラーケン姿を呆然と眺めてのものだった。
「どうしてオレの父ちゃんを殺せたんだよ。なんも悪い事してなかったんだぞ」
一度激情に任せて銛を突き刺した後だからかな、疑問に力強さがなくなってる。
「んー、ジュンってばおもしろい冗談言うね」
「なっ!」
ジュンが反射的に出した言葉に怒気が籠もる。周囲の空気感もピシャリと冷たくなった。それでも構わない。
「だって、なんも悪い事せずに生きていける人間なんていないんだよ」
「オレの父ちゃんが悪人だって言いたいのかっ!」
「えっと、ジュンって何歳?」
「十一歳だけど、それがなんだってんだ」
「だったらさ、産まれて一度もジュンは、悪い事をした事ないの?」
問いかけるとジュンは言葉を詰まらせて俯く。
きっと友達にイタズラしたりとか嫌いな物を残したりとか、小さな悪い事をたくさんしてきたはずだもん。
「だねよ。けどそれが普通だよ。人間っていい事も悪い事も両方やって生きていくものなの。それに例えいい事をひとつしても、そのひとつが他の人から見たら悪い事にだって映る事があるの」
押し付けがましい正義感が無造作に敵を作る事だってある。正義って思った以上に都合のいい曖昧な存在なんだよね。
「いい人も悪い人も勿論いるよ。けど悪い人だって悪い事だけやって生きてはいけないんだと思う。人間って結局、両極端にはなれないものだから」
悪い事の中にいい事だって潜んでる。だから人間はめんどくさいんだ。
「十一年で実感できるくらいにはいい事も悪い事もしたはず。それ以上生きてればもっといい事も悪い事もするのが道理だと思うな」
「お姉さん……お姉さんはどうしてオレを殺さないんだよ」
あー、銛を突き刺した事気にしてるのかな?
「ジュンの事は気に入ってるからかな。逆にどうでもいいヤツは簡単に斬り捨てるよ。さっきの冒険者みたいのとか」
いいも悪いも見る人次第かな。
「そんなの、身勝手すぎる」
「かもね。けど好き嫌いがあるのって当たり前だと思うよ。間違っても全部を好きになることって出来ない。だからまず好きを大切にするの」
きっと好きって個性だと思うから。
「だからジュンが私を嫌いになっても、私はジュンの事を守ってあげるよ」
「わけわかんねぇよ、もう」
ふてくされちゃったかな。男の子って言うか、子供だよね。ちょっとかわいさを感じたからボサボサな頭を撫でてあげた。
手で振り払われたけど、反応が楽しかった。




