326 船は進むよ
「持ってきたけど、こんなのしかないぜ」
ジュンが近くから木製の船を持ってきてくれた。動力なんてない、手漕ぎのやつ。浅瀬用で、間違って沖に出ちゃったら普通は帰ってこれない作りをしている。
「不安と言うより無謀だね。アクアリウムに行くにはやっぱり、ちゃんとした船と船長を雇った方がいい」
堅実に否定するジャスだけど、アクアリウムに行く事には反対してない。私が戦う気になるとか考えてないのかな?
「ダメだよ。できるだけ少人数にしたいもん。それに、この船で充分」
船の形をしていて全員が乗れる大きさもある。これ以上はないね。
みんな訝しげに渋っていたけど、やがてエリスが投げやりに溜め息を吐いた。
「はいはいわかったわよ。乗ればいいんでしょアクア。ほらジュンも一緒に行くよ」
「おっ、おい」
戸惑うジュンの手を取り、船首の方に座るエリス。
「しゃーねぇなぁ乗り込むとすっか」
「快適な船旅を頼んだよアクア」
ワイズが伸びをしながら乗り込み、クミンも続く。ジャスも無言で船尾の方に乗り込んだ。
「それじゃ行くよ」
私は船を押しながら最後に飛び乗った。水の流れを調整して、まっすぐ自動でアクアリウムへと進んでいく。
「すげぇ速ぇ、オールも漕いでないのに」
進行方向を眺めながら驚きの声を漏らしたのはジュンだね。普段この船に乗り慣れている分、驚きも大きいみたい。でもこんなもんじゃないよ。
内心微笑みながら、いそいそと準備をする。
「凄いスピードね。コレならあっという間にアクアリウムに着くわ。さすがアクア……って、何脱いでんのよっ!」
喜色満面の笑みを浮かべて振り向いたエリスが、私を見るなり怒声をあげた。隣のジュンは顔を赤くしている。
「なんでって、服濡らしたくないもん。ハイこれ、ちょっと血で汚れちゃってるけど、持ってて」
近くにいたジャスに脱ぎたてホヤホヤの衣服一式を渡し、海へと飛び込んだ。今更だけど買ったばかりの服に穴空けちゃったな。もうちょっと物を大切にした方がいいのかも知れないね。
海中で元の姿に戻り、船尾に両手を伸ばして身体を出す。
私が何をするかいち早く感づいたのはワイズだね。鼻の下を伸ばしてた表情が驚愕したもので固まってる。
「おいまさかアクアさん。ひょっとして物理的に押す気かい?」
ワイズの問いにみんなの表情が固まる。私は微笑みを答えに、加速した。
「ちょっ! ちょぉぉぉぉぉおっ!」
「速いっ! アクア速いからっ!」
盛大に水飛沫を上げながら、超加速で船は進んでいく。
「速すぎんぞアクア。船の耐久考えやがれぇ」
「大丈夫だよ。水の抵抗はほぼゼロになるように水の流れを整えてるから」
ワイズのクレームを置き去りにするように、更なる加速をする。なんか楽しい。
アクアリウムに着く少しの間、絶叫とスピードが船を支配していた。




