324 水圧
「あいつか、噂の魔王ってのは」
「おいおい、腹に銛ぶっ刺さってんじゃねぇか」
「こいつはまたいいタイミングで遭遇したぜ」
……えっと、誰?
視界に入ったのは三人組の男達だった。剣を持ったのが二人に、斧持ちが一人。それっぽい鎧を身に纏っているからに、低級の冒険者かな。ガラの悪さが雰囲気から滲み出てるね。
ジュンもいきなりの乱入者に動揺しちゃってるよ。かわいそうに。
「悪いけど取り込み中だから、また今度にしてくれないかな」
今帰ったなら、何も見なかった事にしてあげるから。
「そこにいるガキとの会話を聞いてたんだぜオレ達。お前が魔王なんだろ」
「仲間をやられた恨みもあるんだ。船であの塔に向かったときに二人も殺されちまった恨みがよぉ」
「それに討ち取りさえすりゃ手柄はオレ達のもんだ」
どいつもこいつも気持ちが受け付けないニタリ顔をして近付いてくる。
って言うかアクアリウムに攻め込んで来た事あるんだ。返り討ちに遭ったはずなのに、よく生きてたなぁ。
「人違いだったらどうするつもりなの?」
実際に魔王じゃないんだけど、そこは置いとこっか。ヴァッサー・ベスを支配してたのは私だし。
「そんときは紛らわしい事してたテメェが悪いだけだ」
「口実さえ整ってれば本物だろうが偽物だろうが殺せればかまわねぇんだよ」
「それにお前死にかけてるだろ。介錯してやったって感謝されてもいいぐらいだぜ」
うわぁ、私利私欲全開だなぁ。ムシャクシャしたから殺りますみたいな感じ。ただひとつ誤解してるんだよね。私、全然死にかけてない。チャンスなんてないんだよ。
少し魔力を込めて、男達の身体を水球の中に閉じ込める。顔だけはすっぽり出しておいた。
「うわっ、なんだこの水!」
「ダメだ、全然水から出られねぇ!」
「どうなってやがんだ!」
武器を振り回したりして驚きながら抵抗してるけど、無意味だからね。
「お姉さん?」
ジュンが怯えながら、私と男達とで視線を行き来させている。
お父さんと話したときに心は決まりかけてたんだけど、ジュンと遭遇してまたちょっと決意が揺らいだんだよね。
生きるか終わるか。
私じゃやっぱり決められないみたいだから、ジュンに任せてみる事にしたの。結果、銛が突き刺さってるわけだけど、やっぱりダメだね。
だって致命傷になってないもん。ステータスに差がありすぎるせいなのかな、すんごく痛いのに、死ねる気が全然しない。
それでもって、あいつらに殺すって言われてわかった。どうでもいい相手に殺されるほど私、命を捨てたいわけでもないんだなって。
「水圧って知ってる? 海の深いところに行くほど大きくなる力なんだけどね、人間が強い水圧を受けると、はい」
合図と同時に、一人の男の水圧を急激に上げた。悲鳴と共に顔の穴という穴から血を吹き出し、ダラリと水球に浮かぶ。
「ひっ!」
「あっ、あぁぁぁぁあ!」
仲間の突然死に、男二人が情けなく悲鳴を上げる。ジュンの悲鳴も混ざってたかも。四つん這いからひっくり返って、尻餅状態になってる。
「肺が潰れるの。私を魔王だと思って討伐しに来たんだよね。だったら負けたら返り討ちに遭う覚悟はしてなきゃおかしいよ。はい」
二人目の肺もクラッシュ。こういう時って、最初に死んだ人と最後に残った人、どっちがかわいそうなんだろ?
残った一人が錯乱したように叫び散らかしてる。ちょっと水の感覚がおかしい。お漏らしでもしちゃったかな。
仕方ない。説明なしのサービスしよっか。
「じゅう! きゅう! はち! ……」
なんの前触れもなく始めるカウントダウン。男は意味に気づいたみたいで、より一層叫びながら暴れ出した。命乞いをし、助けてを連発する。
ジュンの表情が驚愕と怯えをない交ぜになってしまう。ごめんね。でも現実って、やっぱり残酷なの。
「……にっ! いちっ! ゼロ」
男の声と命が終わる。
公開処刑の見学人は、私とジュンと、途中から駆けつけてきた四人の勇者達だった。




