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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第4章 海原のアクア
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322 行き止まりの向こうへ

 朝早く起きた私はエリス達を起こさないように、釣り竿とクーラーボックスを持って宿を出た。

 釣り竿とかは諦めてたんだけどね、ワイズが回収してくれてたみたいで助かったよ。

 早朝特有の肌寒さに身震いする。ムリに早起きして怠かった身体が、空気に触れて少しずつシャンとしていく感覚は嫌いじゃないかな。

 海が近い都だけあって、結構な人とすれ違った。これから仕事だとすると、ご苦労様だなって思う。

 ただ飛んでくる視線が鋭いのが気になるかな。私がヴァッサー・ベスを支配しているって事を触れ回ったつもりはないんだけどね。けど別に口止めもしていないし、案外バレてるのかも。

 西の海岸に釣りに行く事は書き置きしたから、そんなに大事にはならないでしょ。常に勇者たちの誰かが傍にいるから、ちょっと窮屈だったんだよね。

 考え事をするならやっぱり、一人きりで釣りに限るよ。

 のんびりと歩いて海岸に到着。釣り糸はまだ使えるよね。メンテせずにほかりっぱなしだったから強度が不安だな。まいっか。

 海へ向かってキャスティングし、何も考えずに糸を巻き取る。釣る事を考えてない動きをしてるから、当然お魚なんてかからない。それでもひたすら繰り返す。

 んー、ダメだ。答えどころか考えすら出てこないや。こういう時は相談に限るよね。チェル様、起きてるかな?

 まだまだ早い時間だけれども、思い切ってチェル様のメッセージに引っかかるよう呼びかけてみる。

(アクア? そんな寂しそうに語りかけるなんてどうしたのかしら?)

 繋がった。脳に直接、心配そうに艶めいた声が響いた。

(チェル様。えっと、近状報告と、相談したい事があるの。お父さんは起きてる?)

(だらしなく寝ていてよ。今優しく起こして上げるから待ってなさい)

 お父さん寝ぼすけ……朝弱いからなぁ。

(ゴボハァァァア!)

 ……チェル様? どう優しく起こしたの?

 リールを巻く手が止まってしまった。

(まったく。コーイチが早く起きないからベッドが水浸しになったじゃないの)

(声まったく聞こえなかったんだけど、水ぶっかける前にちゃんと起こそうとしてくれたのか)

(気配で感じ取りなさい。それより、アクアとメッセージが繋がっていてよ)

(は? ……マジか。急いで着替えねぇと)

 濡れたパジャマ姿なのかな? お父さん身体最弱だから、風邪とか引かないといいけど。

(ホント、コーイチは世話が焼けてね)

 やれやれって溜め息を漏らしてるけど、一手間増やしたのはチェル様なんじゃ。

 メッセージは声しか聞こえないはずなんだけど、後ろのドタバタ音が聞こえてきそう。けど私の日常って感じで、ちょっと笑える。

(んでアクア。相談があるんだっけか。って事は決戦が近い感じだな)

 あコレ誤解してる。決戦が近くて不安で、思わずメッセージを飛ばしたって思ってる感じかな。ってことはお父さん、凄く驚くだろうな。

(私の戦いはもう終わったよ)

(……はい?)

(アクア、どういう事かしら? まさか勝ったわけでもないでしょうね)

(ちゃんと負けたよ。けど殺されなかった。ごめんねお父さん。私、予定通りに動けなかった)

 死ななきゃいけなかったのに生きてるなんて迷惑だよね。やっぱり私、中途半端だ。お父さんに手間をかけさせちゃってる。

(はっ……ははっ。そうか。負けてなお生きてるのか)

 お父さんの放心したような笑いに、うんと頷く。

(よかったぁ。アクアが無事で)

(コーイチはずっとヤキモキしていたものね。もちろん私も心配だったわ)

(え?)

 どういう事? 私、失敗したんだよ。それなのに、安心されてる?

(全力で戦って負けて、んでもって勇者に生かされたんだろ。なら堂々と生きりゃいいじゃねぇか。アクアの人生をよぉ)

 生きる? 私の人生を? 

(ありがとなアクア。オレのわがままに付き合ってくれてよぉ。けどな、オレもアクアのわがままに付き合いてぇんだ。アクアの未来を願いてぇんだ。だから、もう好きに生きていいぞ)

(好きに?)

(あぁ、オレの元に戻ってきて、戦わずに暮らすのもいい。世界を見たいんだったら旅行に出ても構わねぇ。時たまアクアが無事だって知らせてくれるなら、オレはそれだけで充分なんだよ)

 戦いを終わって、お父さんと、みんなと一緒に暮らしてもいい。凄く魅力的な提案。だけど。何かまだ、迷いが残ってる。なんでだろう。

(大好きだぞ、アクア)

(うん。私も、お父さんの事大好きだよ)

 どうしていいかわからないけど、大切にされている事と、大切だって事を再認識できた。まだ気持ちは決まらないけど、もうちょっとがんばってみよう。

(とりあえずまだ勇者の捕虜だから、私が決めるのは勇者の判断次第かな。ありがと、少しスッキリした)

(チャンスがあったらいったん戻っていらっしゃい。みんなと顔を見て話しましょ)

(うん。チェル様もありがとう。またね)

(ええ、また。いつでも私のメッセージに語りかけてきなさいな)

 チェル様の気遣いを最後にメッセージが切れた。とりあえずしばらくは、勇者と一緒にいようかな。

 方針が決まったところで止まっていたリールを巻き上げる。そして背中に近付く気配を感じながら、再びキャスティングをした。

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