317 戦いの代償
ちょっと休憩して、ワイズの魔力が回復したところでクリエイトアイスを使って、氷の階段を作って、元来た天井から脱出した。
途中で魔物が待ち構えていた水流のある小部屋も、何もいないかのように静かだった。
水槽を確認してみたら確かに魔物は残っていた。けど襲ってくる気配を微塵も感じられない。
形だけでもアクアを倒したからなのか、それともアタシ達の傍にアクアがいるからなのか。もしくは両方か。
拍子抜けするほど安全に最下層まで下りれた。
さぁヴァッサー・ベスまで帰ろうってところで、船がない事に気づく。
「逃げたね」
「もうちっと時間をかけて、信頼できる冒険者を雇うんだったなぁ」
ジャスが顔を背けていた。
船長さんはグルになったのか、脅されたのか。
「どうやって帰ろう。って、わっ!」
途方に暮れていたら港に水飛沫が上がり、巨大ザメの背が停泊するように浮かんでいた。周囲の水は血で滲んでいる。
「このサメ、まだ生きてたのかい。っていうか襲ってこないねえ」
かなり広い背中だ。アタシ達全員が乗れそうなくらい。
「もしかして、乗せてくれるのかい」
問いかけても身じろぎ一つしなかった。このままここに居続けても仕方がないので乗る事にする。
全員乗ったところでサメは泳ぎだした。途中で潜る事なく、ゆっくりとヴァッサー・ベスの海岸へと向かう。傷口から血を流しながら。
海の途中で奇襲でもかけられたらどうしようかとヒヤヒヤしてたんだけど、素直に最後まで運んでくれた。
アタシ達が砂浜に下りると、サメは打ち上げられるような形で動かなくなった。
「んっ、んん……あれ、私」
暫くするとアクアが目を覚ました。不思議そうにあたりを見渡して、驚愕する。
「生きてる。何で?」
致命傷を負ったはずの傷口を手でペタペタと触りながら疑問をこぼす。
「そりゃジャスが魔法で回復したからな。服までは治らなかったけど」
ワイズがしれっと説明するけど、たぶん聞きたい事はそこじゃないと思うな。案の定アクアもしどろもどろだし。
「いや、そうじゃなくてね」
「冗談だ。けどまぁ、救った本人もまだ気持ちの整理ができてなくてね。答えを出すのにもうちっと時間をくれねぇか」
「それとも、そんなの無視してもう一戦ワシらとやるかい?」
ワイズが先延ばしをして、クミンが挑発をする。アクアは迷わず首を横に振る。
「やめとく。けど、どうしていいかわからないや。あっ」
アクアが海の方を振り向くと、サメの死体を発見する。
「その魔物がボクたちをここまで運んでくれたんだ。感謝はしているよ」
「そっか」
アクアはウネウネと器用にイカ足を動かしながらサメの傍に近寄った。
「ありがとうジョーンズ。お疲れ様。あなたも命懸けで私のお手伝いをしてくれたんだね」
サメの頭を優しく撫でながら労う。そして聳え立つアクアリウムを青い瞳が眺めた。
「オクトパスもリヴァイアサンも死んじゃった。アクアリウムに配置した魔物達も殆ど殺されちゃった。ごめんね、私の為に。配置しといて言うのもなんだけど、戦ってとは言わなかったんだよ。ホントは逃げてくれてもよかったの」
海風を受ける後ろ姿がとても寂しくて、さっきまで死闘を演じていた魔王とは存在感がかけ離れすぎていた。
「私一人でも戦うつもりだったの。巻き込んじゃって、ごめんね。ありがとう」
アクアだって、失いながら戦っていたんだ。なんで戦いって、失うものがひたすらに大きいんだろう。
同情しようとは思えないけど、それでも争いは悲しいって思わされた。




