316 分の悪い賭け
ジャスがアクアへ降ろした剣が、ガキンと床を貫いた。
動かないアクア。けどまだ生きてる。深刻なダメージは受けているけど、気を失っているだけだ。
……はずした。
クミンがゆっくりとジャスに歩み寄っていく。
「いいのかい? まだ生きてるよ」
ジャスは床に剣を刺したまま、たっぷりと時間をかけてから答える。
「そうだね。まだ生きてる。ヒール」
アクアに施す回復魔法。傷口が塞がり、完全に一命を取り留める。
ワイズは自身を戒めていた氷を溶かすと、杖で肩をポンポンと叩きながら歩く。
「マリーの仇じゃ、なかったっけか」
「憎いさ。今でも殺したいほどに。けど、魔王と割り切って討伐するには、あまりにも無垢な少女すぎる」
床から剣を抜き、鞘に収め、アタシ達の方に振り向く。
「ねえワイズ。ボクたちは、何と戦っているのかな?」
水色の瞳が迷いに揺れている。微笑みは酷く歪な作り物のようだ。
アタシ、アクアとの戦いには違和感を感じていた。全力を出してるはずなのに、どこか手を抜いているような。ジャスも、きっとワイズやクミンも感じていたんだ。
「人類の敵、魔王。答えはそれだけでいいじゃねえか。他の何者かなんて、考えねぇ方がいい」
「けどどうするんだい。アクアを。回復しといてやっぱり殺すかい」
「助けよう。この状況からいたぶるような趣味は持っていないよ」
ジャスは二人の問いにスッパリと答えた。もう既に決めていたみたい。
「けど、目を覚ましたアクアが再び襲ってきたらどうするの?」
アタシ正直、勝てる気しないよ。
「まっ、そんときゃ諦めるっきゃねぇな。分の悪ぃ賭けだけど、ジャスが賭けちまったかんな」
ワイズが諦観したような笑みをこぼす。
「もう祈る事しかできないよエリス。ジャスは一度決めた事をなかなか曲げないからね」
大剣をしまいながらクミンが溜め息を吐いた。
「不安しかないわ。けど、もしも分の良い方に行ったなら、アクアの話を聞きたいな」
教えてくれるならだけど聞きたい。どういう心境で戦っていたのかとかを。
「決まりだ。帰ろう、ヴァッサー・ベスに。アクアを連れて」
ジャスはアクアを横抱きにして持ち上げながら決定した。
ひとまず戦いが終わった、のかな。気を抜いてもいいんだよね。
「ところでジャス、どうやって帰るんだい。見た感じ、出口なんてなさそうなんだけども」
クミンの指摘にアタシ達はみんなして、あっ、と声を漏らした。




