312 凍てつきゆく水
「倒せないとは想ってたけど、まさかそんなごり押しで突破してくるとは思わなかったよ」
「ぜぇ、ぜぇ、お褒めにあずかり光栄だねっ。おひねりでももらえたらもっと嬉しいんだけどねぇ」
クミンは強がってるけど立っているのがやっとだ。ジャスがヒールをかけるけど回復が鈍い。
「おひねりって言っても、今あげられるものってないんだよね。私の服でも脱いで渡そっか?」
「戦いで傷んだ服なんざ戦利品程度で充分だぜ。今ほしいのはテメェの命だっ!」
雄叫びを上げながらワイズが単独で駆けだした。アタシ達から離れ、回り込むようにアクアへ近付く。
「無茶だよ、ワイズ」
「ワイズだって百も承知だ。ボクが二人を回復させる為の時間稼ぎ役を買ってくれたんだ」
ジャスが歯ぎしりしながら、アタシとクミンに回復を施す。
動けないのがもどかしい。痛いのはツラいけど、見ているだけはもっとツラい。
ワイズが迫り来るトライデントや水魔法を必死に躱しながら地道に反撃している。まともに攻撃を食らってはいないけれど、かすり傷がみるみるうちに増えていく。
苦痛に表情が強張っていくけれども、茶色い眼差しが鋭く光っていた。デカい一撃くれてやると、アクアを見据えている。
「凄いね。魔法使いって、そんなにも機敏に動けるんだ。けど無理が祟ってそうだよ」
「嫌みなこと言ってくれるじゃねぇか。そっちは殆ど動いてねぇってのによぉ。あったまくるぜホントぉ」
ワイズが破れかぶれに岩塊を杖から放つも、アクアは手に持つトライデントで軽く弾いてしまう。
手数も威力も違いすぎた。一方的に消耗させられている。
「だったらこの魔法ならどうだっ!」
「どんな魔法だって弾いて……てっ!」
ワイズが杖から放ったのは土……いや砂の魔法だった。威力が低そうな反面、広範囲だ。
「砂かけ、目潰しか」
ジャスの呟きに合点がいった。広範囲の砂じゃ斬れないし、目に入ったら充分な時間稼ぎになる。
「だったら壁を作るだけだよ」
迫りゆく砂とアクアの間を水の壁が遮る。完璧に不意を突けたと思ったのに。
「フリーぃぃズ! そんな動くのが億劫なら動けなくしてやんぞコラぁ!」
ワイズ渾身の氷魔法が水の壁に刺さる。みるみるうちに水の壁が凍てつき、氷結が水面まで侵食していく。
ワイズはずっとコレを狙っていたんだ。水面さえ凍ればアクアは動けなくなる。うんん、上手くいったらアクアごと氷漬けに出来るかも。
「氷る? 私の水が?」
「テメェ、オレを時間稼ぎだと思って遊んでただろ? キッカリ致命傷、狙ってっからな」
してやったというニヤリ顔。きっとありったけの魔力を注いだ一撃だ。もう水面全部が氷ってる。コレが勇者の魔法使いの、魔力。
「凄い魔力。まさかここまで膨大だなんて」
アクアのイカの足下から凍り付いてゆく。勝負あった。いくら魔王でもどうすることも出来ない。
「けどね、私だって海に特化した魔王の娘なの。水さえ使えれば、魔力の押し合いに負けないんだからっ」
ワイズの足下から氷が割れる音が鳴る。
「なっ、殆ど魔力注ぎ込んだんだぞっ! この氷を突破出来るはずがっ」
吹き出した水は弱々しくも、ワイズの全身を濡らした。その水はワイズ自身の魔力で凍てついてゆく。
「なっ、なぁぁあっ!」
「ワイズっ!」
吐き出る白い息に震える身体。氷れる水に捉えられてしまうワイズ。
「この水槽にどれだけ水が溜まってると思ってるの。凍てつく量より、水の量の方が多いに決まってるじゃん!」
アクアの周囲に水柱が上がる。凍てついた身体の氷が薄まっていく。まさか、力尽くで氷結を解放するなんて。
悠然と微笑むアクアは、紛れもなく魔王の実力を発揮していた。




