30 マイペースな植物
「ってなわけでアクアとグラスの仲が悪いまんま、一日経っちゃったんだよね」
俺は菊の花を咲かせたマンドラゴアを相手にグチ……もとい、近状報告をしていた。もちろんフォーレの様子を見るのも忘れていない。
枯れた森にあるマンドラゴアの花畑は、色褪せることなくカラフルに咲いていた。植物特有の青い匂いと花の甘い香りが鼻をくすぐる。
「そっかぁ。コーイチも大変だねぇ。そぉだぁ、おとなしくさせるためにトリカブトを使うのはどうかなぁ」
「間延びした口調で毒を使うだなんて言いだすな。冗談に聞こえねぇかんな」
「え~、いいアイデアだと思ったのにぃ」
ちょっと、本気で残念な声を出さないでよ。じわりと恐怖を感じるんだけど。
戦慄する俺をよそに、マンドラゴアは楽しそうに菊を揺らしていた。
「冗談だよぉ。でもぉ、ホントに大変だよねぇ。私のフォーレは活動的じゃないから地面に潜ってばっかりなんだよぉ」
手を頬にあてて世間話でもするかのようなおっとり感だ。勝手なイメージだが、マンドラゴアは巨乳な気がする。
視線を隣に移すと、フォーレが地面に潜って蕾を揺らしていた。
外に出ている姿を見る方が稀だな。
「フォーレってば外に出られるのに潜ってばっかり。まるでコーイチを驚かせるために生まれたんじゃないかって、ときどき思うんだよねぇ」
ありえそうで困る。この植物母娘は会話爆弾を投下するのが大好きだからな。
呆れていると、フォーレがモコモコと土を盛りあげて這い出てきた。頭から蕾が生えている。葉っぱのような緑の髪が背中まで伸びてボーボーだ。とろんとした緑の瞳は眠そうで、黄緑色の肌をしていた。いつの間にか一歳ぐらいに成長している。
「おっ、おはようフォーレ。久しぶりだな」
「おとー、久しぶりじゃないよぉ。ちゃんと毎日会いにきてくれてたしぃ」
ちゃんと起きていたんだ。毎回土のなかだから気づいてないと思ってたよ。
ツタのようなものがフォーレの胸にまかれていて、スカートみたいな緑色の腰みのをつけている。いや、身体から生えているのかもしれない。
「だいぶ髪が伸びたな。クセっ毛がかなり跳ねてるぞ。ゴムか何かで結ばないか」
「ゴムは嫌ぁ。でも結ぶのはいいかもぉ。よっとぉ」
フォーレが気の抜けるかけ声を上げると、一本の長い髪が蛇のように動いた。獲物を締めつけるように髪に巻きつくと、ローポニー風にまとまる。
「フォーレって器用だな。そんな方法を使うだなんて思わなかったよ」
「ん~、それほどでもぉ」
頭をかきながら口元を緩ませる。頬もちょっと桃色に染まっていてかわいい。
「でもぉ、これだけじゃないよぉ。それぇ」
「えっ?」
俺が呆けた声をあげると、フォーレの身体はみるみるうちに肌色に変色していった。胸や腰の植物はなくなり、頭に生えていた蕾は消えた。髪も葉っぱのような感じから緑色の跳ねた髪に変貌する。ただ結んだ髪はローポニーのままだった。
「完全人化っ! フォーレ、どうしてそれを?」
「ある程度ならぁ、わかっているからねぇ。経験値とかぁ、月下美人とかもぉ」
知性に輝く緑の瞳が俺を見据える。いったいどこまで知っているっていうんだ。特に月下美人はやばそうなのに。
「大丈夫だよぉ、月下美人は咲かせないからぁ。なんとなくわかるしぃ、まだ生きていたいもん」
身体の芯が冷えていくように感じた。まだあまり触れ合えていないが、フォーレの底知れない何かを垣間見たような気がする。実の娘を相手に恐怖を覚えてしまう。
「それよりぃ、何でグラスに完全人化を教えないのぉ? みんな持ってるんでしょぉ」
「なんで知ってんだよ」
フォーレは愛らしくコテンと首を傾げる。だが内面は計り知れない。まるで地面に這う根のように深い。
「そこは乙女の秘密だよぉ」
「もぉわけわかんねぇよ。グラスに教えないのは必要ないと思ってたからだ」
「そっかぁ」
返事をすると、足元にピタっと引っついてきた。
「フォーレ?」
訝しんでいると、フォーレはくるんと菊の花に振り返った。
「おかー。今日からおとーと一緒に住むねぇ」
そっか。フォーレは俺と一緒に住むことにしたのか。
「って、何をいきなり!」
「そっかぁ。三日に一度ぐらいは顔を見せてねぇ」
声を荒げる俺に対して、マンドラゴアは流れのままに受け入れた。
「ん~、わかったぁ。一週間に一度ぐらいは会いにくるねぇ」
「いや、日にちがかなり伸びてるからな。三日に一度ぐらいめんどくさがらずに会いに行こうな」
このときは気づいてなかったけど、すんなりとフォーレの同居が決定していたのだった。




