308 撤退
アクアは退きながら、振るわれる剣にトライデントを必死に合わせる。けれども腹蹴りが聞いていて対応が鈍くなっている。
ジャスが突きを放つと、アクアは歯を食いしばりながら後退し、水魔法で牽制する。
距離が開くと、アクアの右腕に切り傷が出来ていた。腕伝いにポタポタと血が滴り落ちる。
「当てられちゃったか。捌ききれる自信はあったんだけどね」
「痛そうだね。けどマリーの受けた痛みはそんな切り傷程度じゃない。必要以上にいたぶる趣味もないけど、せめて同等に痛みと恐怖ぐらいは味わってもらう」
チャキリと剣を構え直すジャス。クミンもワイズも、アタシだって戦意を込めて武器を構える。
「みんな凄い気迫。怖いな。怖いから奥の手使っちゃうよ」
アクアはトライデントを構えながら微笑むと、足先でトンと床を突いた。
部屋中央にあった白い円の床が開いた。
「奥の手だと。何か出す気かっ!」
「気をつけなエリス。アクアはここで待ち構えてたんだからね」
クミンの忠告で気を引き締める。待ち構えていたって事は、部屋に有利になる為の仕掛けや準備をしていたって事よね。
穴の大きさからして、中型の魔物ぐらいは余裕で出てきそう。援軍による数任せの乱戦か、それとも強力な魔物が数匹追加されるのか。どっちにしてもやってやるわ。
増援に注意を分散させると、アクアが穴に向かって走り出した。
「このままじゃ敵いそうにないからね。ここは逃げさせてもらうよ。あ、先にジャンピング土下座でも見せた方がよかったかな?」
よくわからないことを言い捨てながらアクアは穴に飛び込んだ。
「ちょっと。まさかこの穴、脱出経路?」
あんな偉そうな口叩いておいて、人間を小馬鹿にして、ちょっと危なくなったら逃げる?
「ふざけんじゃないわよ。そう簡単には逃がさないんだからっ!」
衝動に任せて飛び込む。
「追うなバカっ、くそっ、この下って確か……」
「迷っている暇はないよワイズ。それに魔王アクアは逃がせない」
「ジャスっ! あーもお、ワシらも飛び込むよワイズ」
「ったく、嫌な予感しかしねぇぞコンチクショぉ」
アタシたちを追いかける声を聞きながら、下を見据える。思ったより高くないところに足場があった。着地してから確認する。
「編み目の足場。その下は、水?」
周囲を見渡してみると、壁は全面ガラス張りだった。ガラスの向こうの壁には、さっき登ってきた螺旋階段もある。
「ちょっと、ここって、まさか」
「また会ったねエリス。すぐに飛び込んでくれると思ってたよ」
微笑みかけるアクアはどこまでも穏やかで、狡猾さなんて気配にも出していない。
対峙をしていると、ジャスたちも次々に降りてきた。
「なるほど、いい心がけだね。どこにも逃げ場がない」
「ちょっと特殊だけど、足場は悪くなさそうだね」
「気ぃつけろよ。誘い込まれたことには違ぇねぇんだからよ」
みんな周囲に注意しながら立ち位置を変えていく。アタシも弓を構えながら後方へと足を動かす。
「まずは軽くいこっか、それっ!」
アクアが喋った瞬間、足下の水面から水が噴き出してきた。
ちょっ、上で見た時より出が速っ。




