302 開戦
「おらぁぁぁ!」
激流に乗った勢いで襲いかかる巨大ザメの横っ腹を、クミンの大剣が切り裂いた。深々と裂ける腹から鮮血が飛び散る。
「ちっ、ちょっと浅かった。致命傷にはなってないね」
流れるままアクアリウムから落ちる巨大ザメを見送りながら、クミンが舌打ちする。
「けどまぁ間違いなく重症だろ。しばらくは襲ってこねぇと思うぜ」
「先を急ごう。もう最上階は近いはずだ」
ジャスの言葉に気を引き締め直す。アタシ達かなり登ってきたもの。きっともうすぐだ。
もう一つ小部屋を越えたところで水槽の水面を確認できた。
「水が、なくなった」
ゆらゆらと揺れる水面は光を受けて、周囲にまだらな波の影を映す。
「だいぶ登ってきたからね。階段も天井まで伸びているよ」
階段の先からは光が差し込んでいる。やっと登り終わるんだ。
「全く、めんどくさい城を建ててくれたものだよ」
「魔王アクアも上り下りがめんどうだろうに。こんな最上階で待ち受けるなんてご苦労なこったぜ」
文句を垂れ流しながら歩を進める。
ふと今まで苦しめてきた忌わしき水槽を見下ろしてみた。水面の少し上に、網状の足場が張られていた。その足場は所々大きな穴が空いている。
何であんなところを網で仕切ってるんだろ。仕切るんならきちんと全面覆えばいいのに。
階段を登り切ると外に出た。陽の光が妙に温かくて落ち着いてしまう。一望できるのは広大な海。波が穏やかに揺れていて、激しい戦いとは対極を成している。
「凄い景色。こんな時じゃなかったら素直に楽しめたんだけどな」
「まだでかい仕事が残ってかんな。こっからが本番だぜ」
ワイズが後ろを示すと、水色の壁があった。見上げると、上の方は透明なガラス張りで出来ている。その上は水色の屋根かな。
外周を歩きながら中に入る扉を探すと、すぐに見つかった。
「さすがに小細工のしようがないかい。いよいよだねえ」
「ようやくだよ、マリー……」
ジャスは穏やかな声色の反面、水色の瞳は黒く淀んでみえる。
「いくよ」
ジャスを先頭に、歩いて部屋の中に入る。
八角形の広場に水色の壁や床。ガラス張りの面が多いから中はとても陽当たりがよくて温かい。部屋の中央だけ、円形の白い床がある。そして。
「いらっしゃい。思ったよりも早かったね。もうちょっと日数かかると思ってたから驚いちゃった」
両手を広げ、微笑みながら歓迎する魔王アクア。
ウェーブのかかった青色の髪に同色の瞳。水色のワンピース。一見したらただのかわいい女の子。知らなきゃ警戒すらできなかったと思う。
「私のお城は楽しんでくれた。たくさんお魚たちがいて、賑やかだったと思うけど」
「御託はいい。マリーの仇、討たせてもらう」
ジャスが剣を構える。ワイズとクミン、アタシも続いて武器を構えた。
「やる気満々だね。いいよ、そうじゃなきゃおもしろくないもん」
アクアは右手を突き出すと、周囲に流れるような水を生み出す。手の前で水が集まり、トライデントへと具現化。手に取って構えた。
「私はアクア。アクア・タカハシ。よろしくね」
微笑みながらの挨拶を機に、戦いが始まった。




