289 切り離された共感
「人質でもとったつもりか?」
声が怖いよジャス。もう剣を抜いてアクアを睨んでる。
「人質なんて。あなたたちを誘き寄せる為に散々大事引き起こしたんだもん。今更そんな事しないよ」
対するアクアは波も立たない水面のように穏やかだ。
雲行きの怪しさに気づいたのか、ジュンが挙動不審になってきた。
「なぁエリス。アレって勇者だろ。なんでお姉さんをあんなに睨んでんだよ」
「それは……」
答えるべき、それともまだ隠した方がいいの?
アクアを見上げながら悩んでいると、どこまでも無遠慮な微笑みが返ってきた。
「ヴァッサー・ベスを戦場に選んだのは私だからね。私のお城、アクアリウムを建てて、水辺のモンスターを使役して船を襲ったり、島ごと波で飲み込んだりしたもの」
海の向こうにそびえ立つ灯台のような塔を視線で示しながら、あっさりと悪事を曝け出す。
「お姉さん……笑えない冗談だな。お姉さん一人でそんな大それた事できるわけないじゃん。笑いのセンスなさ過ぎだぜ」
震えた声で笑い飛ばそうとするジュン。見ていていたたまれないよ。
「それぐらいの力はあるよ。なかったら弟妹達と肩を並べられないもん。がんばって強くなったんだよ」
「……オレの父ちゃんが死んだことを悲しんでくれたのは、嘘だったのか?」
「嘘じゃないかな。私だって戦いでお母さんが海に散ったこととか悲しかったもん。ソコだけは間違いなく共感できたよ。けどソレを理由に、私が仕掛けた戦いを後悔しない」
紺色の瞳が涙で揺れる。どんな感情が混ざっているのか見当もつかないけど、負の方向だって事だけはわかる。
「魔王アクアっ!」
「おっと」
ジャスが飛びかかり、アクアがどこからともなくトライデントを出して応戦。勢いに任せて剣を振るうも、トライデントが全てを弾き返す。それどころか隙を見つけて反撃さえしてきた。
「弓を構えなエリス。距離は充分空いたよ」
クミンからの叱責を受け、反射的に弓を手に取る。ジャスが猛攻してくれたおかげで、アクアはかなり退いていた。矢を引きながらチャンスを待つ。
「アンタの相手はジャスだけじゃないんだよ」
ジャスが後退したタイミングに合わせ、クミンが横から大剣を振るう。アクアは驚きながらも大剣を逸らすけど、生じた隙をジャスが衝く。
「ちょ、いきなり全力すぎだよ。軽い小手調べのつもりだったのに」
猛攻に耐えきれず態勢が崩れ、射線が開く。
「今だっ!」
「きゃっ!」
間髪入れずに放った矢は、奇しくも緑色の御守りを切り飛ばすだけに留まった。




