288 焼き魚
アクアは砂浜に枯れ枝を集めると、小さな魔道具のようなものを使って火をつけた。
使っているのに魔力を感じないのが不思議。
流されるままジュンと座り込み、アクアの動向を見守る。
箱から釣った魚を出した。近くで見て気づいたけど、箱からひんやりしたら空気を感じる。保冷効果でもあるのかしら。
塩を揉み込んでから適当な木の枝に刺して火で炙る。どこまでも原始的で、目を離せないほどの集中力を要する。
喋るタイミングもないし、何を喋ればいいのかもわからない。
アクアは魚を焼くことに集中して隙だらけにみえる。けど攻撃しようとするのは自殺行為でしょうね。何もしないから見逃されているのは百も承知だもの。
パチパチと魚を焼く音と、波のさざめきだけが耳を通り過ぎてゆく。
「んー、こんな具合かな。はい、熱いから気をつけてね」
「ありがとう、おねえさん」
ジュンは差し出された焼き魚を受け取ると、やけどしないよう気をつけながらかぶり付いた。
「はい、エリスもどうぞ」
次はアタシに差し出してきた。アクアの青い瞳を見つめながら、焼き魚を受け取る。
「ありがと」
受け取ったはいいものを、本当に食べてもいいのだろうか。手元の焼き魚を見つめて考える。
「どうしたエリス。お姉さんの焼き魚は絶妙なんだぜ。食ってみろよ」
「そうね。いただくわ」
背中から一口かじる。ほのかな塩の香りと、淡泊な味わいが混ざり合っていておいしい。
「あんた、一体何をしてるの?」
名前を言わずに聞いてみる。アタシはまだ直接、アクアって名前を聞いていないし、ジュンも知らないから。
アクアは指をアゴにつけ、空を見上げながら唸った。
「んー……魚釣り? 料理? 焼き魚を作っている、でいいかな?」
「そう」
全然よくない。はぐらかされたんだと思うけど、マジメに回答されたとも思えなくないのがもどかしい。
焼き魚をかじりながら睨み付けると、おもしろそうに微笑まれた。
「もっと大きく括るなら暇つぶしかな。待ち人が来るまでのね」
アクアは釣り竿を持つと、ビュンと海に向かってしならせた。形だけで糸は伸びなかったけども。
「魚釣りも結構奥が深くてね、糸を引く時にリズムをとるの。生きた餌に見えるように、生きてる動きを表現しないといけない。でないと魚は見向きもしてくれないから」
アクアは釣り竿を置くと、焼き魚をあちちって言いながら食べ始める。
「私は釣る側で、魚が釣られる側。一方的な命のやりとりが成立してる。けど人だって、何かを食べなきゃ生きていけないから、それ自体は問題ないと思うの」
なんか話の方向が不穏になってきた。海の奥を覗くような怖さが滲み出てきてる。
「あなたは、命のやりとりを正当化しようとしてるわけ?」
「命のやりとりはいつでも正当だよ。生きる為、食べる為なら。けどそれだけじゃ手に入れられないものがある。だから私は餌を撒いて、私より強い獲物が食いつくのを待った」
食べかけの焼き魚を置くと、アクアは森の方を見ながら立ち上がった。青いゆるふわの髪が風に揺れる。
「人間も欲張りだけど、私だって欲張りなんだ。欲しいものを手に入れる為に、人の物を平気で奪う。久しぶりだね、勇者ジャス。最初に私を選んでくれて嬉しいよ」
アクアの言葉に振り向くと、鬼のような形相をしたジャスと、真剣な眼差しのクミンがいた。
「ジャス、クミン」




