287 歓迎
見たことのない素材で作られた釣り竿が黒く輝いて、釣り糸が遙か遠くの海まで伸びている。
アクアの足下には丈夫そうな紐付きの箱が置いてある。肩で背負ってよし、箱についている取っ手を直接握って持ち運ぶのもよしだろう。
って、そうじゃない。
距離はあるけど、奇襲すべき? 一撃で心臓を射止められれば万事解決するけど、外したときのリスクが大きい。アタシ一人じゃきっと、アクアの猛攻に耐えられない。
「こんにちはお姉さん! 今日も釣れてんのか?」
無邪気にアクアへと駆け寄っていくジュン。この無防備さは間違いない。アクアがどんなヤツなのかを知らない。そもそも名前すら知っていないのかも。
「大漁よ。ヴァッサー・ベスは環境がいいから、いいお魚が食いついてくれるわ」
立ち止まっていては不自然な気がしたから、考えながらちょっとずつ歩いて行く。なんか複雑そうな道具で糸を巻きながら、アクアはアタシの姿を捉えた。
「あら、ジュンが人を連れてくるなんて珍しいわね。お友達かしら」
「今日出逢ったんだ。エリスって言うんだ。ちょっと生意気だけど、気が強くて芯が強い女だぜ」
「どうも」
距離を二十歩ほど空けた状態で頭を少し下げた。とりあえず様子見ね。アタシの動きひとつで、ジュンが危険に晒されるかもだし。
アクアは釣り糸を引き上げると、魚を一匹釣り上げては箱の中へ納めた。大漁って言うだけあって、結構詰まっている。
「あら、あらあら。ふーん」
アクアは改めてアタシの事を確認すると、何かに気づいたように微笑んだ。まだ勇者一行としては新参なんだけど、アタシの存在がバレてる?
「ちょっと意外だったな。船旅はどうだった? かなり危険だったと思うんだけど」
「え? あそっか。お姉さんも魔物に船を襲われながらヴァッサー・ベスに来たんだもんな。そう考えるとエリスも勇気あるよな」
アクアの発言に首を傾げたジュンだったけど、勝手に自己完結したみたい。
今になって気づいたわ。ジュンはお姉さんの事も、外から来た女で括っていた。
「アタシには頼もしい仲間達がいたからね。危険ではあったけど安心できたわ」
固唾をのみながら返答する。口の中が乾いてきたわ。
「そっか。よかった。あそうだ。お腹すいてない? そろそろお昼時だし、よかったらごちそうするわよ。焼き魚しかできないけど」
釣り竿と魚が詰まった箱を持って、波打ち際から陸の方へ歩く。
「やった。お姉さんの焼き魚は美味ぇんだぜ。エリスも食べてこうぜ」
ジュンが無邪気にアタシの手を取ってアクアの方へと引き寄せてくる。
手を振り払うべき? あんまり不用意に近付きたくないんだけども。けどヘタしてアクアの気に障りたくもないし。どう動くのがいいの?
時間は待ってくれず、誘われるままアクアへの接近を余儀なくされる。
「ありがとうジュン。ここのお魚が格別おいしいだけなんだけどね」
「そんなことねぇよ。お姉さんの焼き方が上手なんだ」
優しげな笑みと満面の笑顔の応酬。表面上の平和なのは知っているんだけど、偽りがないのが歪で残酷だ。
「あら、そんなに気構えないでよエリス。お料理は得意な方なんだから」
「そう」
どこまでも無防備なアクアに、恐怖を拭いきれないでいた。




