283 海の驚異
ヴァッサー・ベスに辿り着いてボクは、エリスを連れて当主の館へ話を聞きに行った。
最初に襲われたのは漁師。漁をしている最中に魔物から襲撃を受け、大型漁船もろとも海の藻屑にされる事件が続出。
人的被害が大きく、漁獲量も激減。
海に出るイコール死というわかりやすくどうしようもない状況に苛まれる。
被害は漁船に留まらず、海に出る全ての船が標的にされた。
現状の危険に耐えかねてヴァッサー・ベスから脱出を計ろうとする者が続出。しかし島国故、脱出に用いる手段は船。
強い冒険者を集って多くの民が大型船で脱出を図ったが、無事に陸地にたどり着けたかどうか。
一番大きな被害を被ったのは小さな島々で暮らしていた民だろう。
魔物の襲来? そんなちゃちなものじゃない。大津波に飲まれて島ごと全滅したとのこと。
被害が相次ぐなか、ヴァッサー・ベスの西の海に灯台のような塔が急に出現した。
タイミング的に何かあると思い調査船を派遣したのだが、塔を守る巨大な長い怪魚に壊滅させられてしまった。
八方塞がりとなった当主は縋るようにボクに助けを求め、ついでとばかりにロンギングからの支援を要求。
ロンギングの被害の大きさから充分な支援は出来ない旨を伝えると、支援をしていただけるだけどもと大いに喜ばれた。いや、驚いていたようにも感じられた。
とにかく、一刻も早く脅威を取り除くべく動かなければ。そう思ってワイズ達と合流したのだが。
「随分できあがってないかい?」
ワイズとクミンは顔を赤くしながら酒を呷っていた。後ろで佇むエリスがダメな大人を見る表情をしている。
「ワシらは危険な船旅を強行してヴァッサー・ベスまできたんだ。ちょっと酒を楽しんだところでバチは当たるまい」
「そうだぜジャス。気を張り詰めてばっかじゃ潰れちまうかんな。あっ麦種のお代わり頼むぜ」
漂う酒の臭いが尋常じゃない。テーブルもかなり乱雑としている。頭が痛くなってきた。
「今ボクが言ったこと、どこまで覚えられた」
「もう完璧に、最初から最後まで覚えたぜ。なぁクミン」
「ああ。バッチリだね。だから小難しい話はまた明日話そうかい。今日はとことん飲むよ」
何一つ覚えてなさそうだし、この状況で何を言っても覚えてくれなさそうだ。見てみろ、エリスの視線が氷点下を下回っているぞ。
嘆息ひとつつきながら席へと座る。エリスも表情を不愉快に凍らせたまま、無音で席へと座った。
「ほらジャス、ここの海鮮料理うめぇぞ。南にある堤防で漁師が釣ったって話だぜ」
「海鮮って言う主食を失いわけにはいかないみたいだよ。だから提供してくれる店に感謝しながら、海の恵みを楽しもうじゃないかい」
酒を進めながらいい笑顔で語ってくれる。釣りでしか得られない海の恵み。果たして悲壮的に想うべきか、それとも逞しさに驚愕するべきか。
「とにかくジャス、今は食って飲んで力を蓄えろ。エリスもだ。なんなら麦種もいっとくか」
「酒は要らないし、そんな情けなく酔っ払いたくない。けど魚は食べる」
仏頂面のエリスに対して、ワイズが高笑いしながら頭を撫でた。手で振り払われる。
「止めてよね。髪が乱れるじゃない」
「はっはっは。まっ、今日はとことん羽伸ばそうぜ。宿はもう押さえてあるかんな」
上機嫌に笑うワイズが、無責任なようで心強かった。




