271 罪悪感と覚悟
俺はズキズキと痛む右足をぶら下げながら、エアに運ばれてロンギング郊外へと避難した。緑豊かな森の中に、地形を分けるように崖がそびえ立っている。
近くには隠し通路があって、自家製の地下鉄が延びてるぜ。
雑草が生え渡る地面にゆっくり着陸。エアは両肩を掴んでいた両足を離した。
「とーちゃーく。傷は痛くない父ちゃん。父ちゃん!」
俺は両膝両手を地面に付いて息を荒げる。
殺した。たくさんの兵士を。民間人を。
耳ん中で悲鳴がこだまして鳴り止まねぇ。痛みに歪む顔が、絶望に満ちて振るえる姿が、肉親を奪われて放心する状況が、幾重にも脳に刻み込まれてらぁ。
俺だって最初は酔ったように状況を楽しんでたぜ。コレが人間の俺の、魔王の力だって。
けど想定外の対象、エフィーの死に様と影響を見て、脳内フィルターが切り替わりやがった。
うげっ、気持ち悪ぃ。ひとつ地獄を作るのにこんなにも腹ん中がごっちゃになりやがるのかよ。
呼吸がしづらくて堪んねぇ。エアが背中をさすりながら呼びかけてるってのに応える余裕がねぇ。
くそっ、どうして俺、こんなこと仕出かしちまったんだ。
「無様ねコーイチ。そんな体たらくで魔王がやっていけて?」
顔を上げるといつの間に近付いてきたのか、チェルがすぐ傍にいた。眩しいほどのローアアングルだぜ。ルビーのように赤く輝く瞳で、蔑むように見下している。
「はぁ……はぁ……チェル」
息を荒げながら眺め続ける。チェルはしゃがみ込んで、俺の頬にか細く冷たい右手を這わせた。
「フフっ。ツラそうね。なんなら今から、私が魔王を代わってあげてもよくてよ」
チェルに魔王を?
不意に、アスモのおっさんの魔王城が崩落する惨状がフラッシュバックしてきた。
チェルが魔王になるって事はアレだろ。崩れる城の中にチェルをひとりぼっちにさせなきゃいけねぇって事だろ。
気高くも華奢で、思ったよりも孤独を怖がっているチェルを。
んだよ。なんで俺はそんな簡単なこと忘れてんだよ。許せるはずないだろ。チェルをそんな環境にぶち込むなんてよぉ。
「冗談っ! 俺から魔王を奪おうなんて十年飛んで三日は早ぇぜ」
声に凄みを効かせながら、震える膝に力を入れて強引に立ち上がった。傷ついた足が痛んで少しふらついたら、エアが支えてくれたぜ。
目の前にいるのはいつものチェルだ。金色したショートのボブカット。頭から生える牛のように曲がった黒い角。ちょこんとした鼻にやわらかそうな頬。強気な赤い眼差し。俺より頭半分ぐらい低い身長も、初めて出会った頃から変わってねぇ。
ゲームでメイキングされたようなかわいいお姫様だ。変わったのは俺との距離感と、放つ雰囲気ぐらいだろぉな。
「強がる元気は残っているようね。いい、コーイチ。人の死を敏感に感じていては心が持たなくってよ。魔王を名乗りたいなら、切り捨てる覚悟を持ちなさい」
ったく、厳しい姫様だぜ。正直まだ、あの地獄を作って平然としていられるほど心を頑丈に出来る自信はねぇよ。
体重を全部、小柄なエアに乗っかけちまった気がした。
人間の器じゃ、一般人の小ささじゃ、人殺しの重圧には耐えられない。
持ち直した気力が、すぐにでも萎えようとしている。
視線を逸らしちまった俺は、どんだけ情けねぇんだろぉなぁ。




