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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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26 谷底に突き落す

 コーイチはアクアの様子を、私はグラスの様子を見に向かう。

 広い部屋に入るとマンティコアがグラスに合わせて走っていた。生後一ヶ月ではあるけど、人間でいうと一歳ぐらいまで成長している。

 魔族の成長は人間より早い。けどさすがに早すぎるわね。

 急成長を訝し(いぶか )みつつ、グラスを観察する。金の髪をなびかせ、身体中で玉の汗を流しながら懸命に走る。口が開き、輝かしいはずの目は(にご)っている。ここではない遠くを眺めているようだ。

「ほらグラス。ペースが遅くなっているぞ。顔を上げて、もっと腕を振れ」

「はっ……はいっ!」

 マンティコアが叱咤(しった)激励(げきれい)を飛ばして並走する。身体に言い聞かせるほど大きい声で、息子を鍛え上げている。グラスの返事も疲弊(ひへい)したもので、返事をするのがやっとといった感じだ。

「年齢の割に随分とスパルタな教育をしているのね。もう少し加減してもいいと思うのだけれど」

 私は小さく呟いて、鍛錬(たんれん)が終わるのを見守った。

 グラスが床に倒れこんだ。立とうと手を床につけるも力が入らない。息子の限界を感じとり、マンティコアが一息ついた。

「よし、今回はここまでだ。しっかり休めよ」

 はい、と空気が震えた気がした。息絶え絶えで返事もできなくなっている。

「マンティコア、力を入れすぎではなくて? グラスが鍛えあがる前に潰れてしまうわよ」

 ゆっくりと近づいていくと、マンティコアが恭しく頭を下げた。

「おぉチェル嬢。来訪(らいほう)に気づいてはいたが、トレーニングを中断するわけにもいかなかったのでな。グラスは大丈夫ですよ。これくらいで音を上げる息子じゃない」

 はっはっ、と頼もしげに笑っているが、後ろの死に体が不安を抱かせる。子育てをマンティコアに任せてもホントによかったのかしら。

「まぁ、ほどほどにしなさいね。芯が折れたら元も子もないのだから」

「ほどほどになんて、そんな悠長(ゆうちょう)なことは言ってられぬわ。第一子の座は奪われている。これは揺るぎない事実として胸に刻まねばならない」

 風圧を感じるほどに()える。鬼気迫る気迫に目を見開いて後ずさったわ。もしかしたらグラスの命よりも重大だと思い込んでいるのかもしれない。

「チェル嬢の親衛になるには子供のうちからスタートダッシュをかけるしかない。イカの長女が腑抜(ふぬ)けている隙、突かねばただの阿呆でしかないわ」

 あっ、ダメだ。ライオンは我が子を谷底に突き落すそうだけど、()行っ(おこな )ている光景は危うすぎるわ。このままだとグラスが死んでしまう。

 改めてグラスに視線を向ける。水たまりでもできそうなほど汗を流し、身体の熱で湯気がたっていた。

「今はグラスもひ弱で情けないが、トレーニングを続ければ逞しい筋肉をつけようぞ。ここ、今ここが一番大事な時期なのだ」

 わかったわ。今ここで手を差し伸べなければ、グラスは(しぼ)り潰れる。コーイチは頼りないけれど、親権を父親に渡した方が賢明ね。

「ありがとうマンティコア。そうまで私を思ってくれて」

「当然だ。力なき者にチェル嬢は守れないからな」

 気をよくして口元を綻ばせる。理念をわかってくれたのだと歓喜したのが手にとるようにわかった。妄信的なのが(たま)(きず)だけど、今回は利用できそうね。

「確かに力は大切ね。でも同時に思うのよ。私に対する忠誠心あっての力なのでは、と」

 マンティコアの顔がムッと引きつった。俯いて何かを考えるように唸りだす。

「忠誠のない力なんて、いつ牙が向くかわからないわ。ここは先に、私の忠誠心を確立させた方がよくってよ」

「うぬぬ。我が息子に間違いはないと思うが、チェル嬢の懸念も理解できる。して、具体的にはどうするつもりだ」

 納得がいかなそうに言葉を濁らせていたが、重要事項だと理解をしたようだ。だから不服でも私の案を聞かざるを得ない。

「簡単よ。ちょっと早いとは思うけど、私のもとでグラスを育てるの。いい、これはまだどの子供も手をつけていない、最速の権限よ」

 マンティコアは最速の部分に反応すると、すぐさま返事を返した。

「よしわかった。真っ先にチェル嬢のもとにつくならこれに越したことはない。グラスを頼むぞ」

 よし、言質はとった。

「任せておきなさい。これでグラスの親衛隊長は確定したわ。さて」

 平伏するマンティコアをおいて。横たわるグラスへと近づいた。

「話は聞こえていて。あなたは今から私のもとで育てるわ。じっくり教育してあげる。嬉しいでしょ?」

 これでもコーイチの子だものね。八つ当たりでもしないとやっていられないわ。

 疲れ果てているグラスには申し訳ないけれど、ストレスの()け口ぐらいにはなってもらうわよ。

 グラスはギロリとネコ科の目を向け、声を振り絞った。

「はっ、はい。至高(しこう)(きわ)みです」

 あっ、いけない。しっかりとマンティコアの教育が行き届いている。冗談でも下僕になりなさいなんて言えないわ。

 チェルは頭を抱える思いで、グラスを引き取ったのだった。


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