266 標的のマリー
どっ、どうしてわたくしが魔物なんかに命を狙われなきゃならないのよっ!
あのとぼけたクソオヤジ、仮にも自分のことを魔王と名乗ったじゃない。だったら普通、狙うのは勇者ジャスのはずでしょ!
頭湧いてんじゃないのっ!
「ではっ、早速お命をちょうだいしましょうか」
ちょっとっ、闇を敷き詰めたような黒い眼差しがわたくしを見ないでよ。
身体が勝手に竦み上がる。さっきから戦場の生々しい音がうるさいぐらい耳に届く。こんなの、わたくしの居場所じゃない。
「させないよっ!」
ちっこいドワーフが背後から黒のバケモノを背中から叩き切ろうとしたけど、地面に潜り込んだかのように姿を消したわ。
「影に潜ったね。ちょこまかと嫌なヤツ」
「確かクミンでしたか。あなたも隙がないので自分も困ってしまいますよ」
建物の影から姿を現し、両腕から黒い刃を伸ばすバケモノ。
「行けシェイ、クミンは俺が食い止める」
「あんたも厄介なことは知ってんだからねグラスぅ!」
金髪のバケモノが繰り出す跳び蹴りをしゃがんで避け、剣を振るって牽制する。ひぃ、黒のバケモノが迫ってくるじゃないのっ。
「あんたのマークも外してないんだからねシェイっ!」
ドワーフが剣を地面に叩きつけ、地を這う衝撃波を放った。直撃は出来なかったけど、退いだことでわたくしから距離が遠ざかった。
拮抗……しているのよね。けど危なっかしくて仕方がない。
もうすぐわたくしがイッコクの頂点に立って、世界を支配するのよ。わたくしの時代が始まるの。他の人がどうなろうが知ったこっちゃない。あんた達は死んでもわたくしを護るのが役目でしょうが。
「キヒヒっ、シェイもグラスも情けねぇなぁ。しゃーねぇからボクがトドメをもらって……」
「ファイアボール!」
「うおっと、危ねぇなぁ!」
あざ笑う紫のバケモノに炎の弾が迫るも、難なく躱されてしまう。
「させねぇよ。これ以上は好きにはなぁ」
「かっこいー。けど邪魔だからヴァリーちゃんと遊んでてよー」
屍使いのバケモノが、量産される死体を操り魔法使いにけしかける。
「ヴァリーもデッドもアンデット共も、まとめてオレがめんどう見てやる。グラビトンホール!」
群がる屍達が地面に押さえつけられる。まるで重たい荷物を背負わされて労働される奴隷のようね。
「ちょっとー、ソレ反則だよー!」
「反則上等。広範囲魔法での一掃は得意なんだ。テメェらは意地でも遠さねぇ」
いけ好かない魔法使いが吠える。不本意だけど、今は頼らざるを得ない。
「みんな苦戦してるねぇ。仕方ないからアタイが仕留めよっかぁ」
緑のバケモノが眠そうな眼差しでわたくしを見上げる。穏やかで知的な殺意がヒシヒシと伝わってきた。
違う。わたくしの相手は権力を笠に着せた豚共だ。わたくしの戦場は煌びやかでどす黒い社交場だ。権威と利権と情報と弱みを駆使して全てを奪い取るのがわたくしの戦術だ。
こんなっ……こんな物理的な戦場はわたくしに相応しくない。
緑のバケモノとの合間を、勇者の背中が遮る。
「させると、思うか?」
殺意に満ちた、ドスのきいた声をしているわ。
「アタイ一人じゃムリっぽいねぇ。けどぉ」
「私と二人なら、突破出来る」
緑のバケモノを飛び越えて、青のバケモノが勇者へ槍を突き出した。
真正面から槍を弾いている間に、緑のバケモノが何かを植える。
「貫けぇ!」
地を這って成長する無数のツタが、わたくしに向かって伸びてくる。
「こんなひ弱な植物に、マリーは貫かせない!」
勇者が地面を、成長したツタごとぶった切った。切断されたツタの勢いが途中で消える。
「レーザ○トライデントっ!」
「えっ?」
視線を上げる。緑のバケモノの後ろから、青のバケモノが槍を投げていた。
勇者の頭上を越え、勢いよくまっすぐと……わたくしに迫ってくる。
嘘よっ! 嘘よ嘘よう……




