260 始まりの悪夢
「うがぁぁぁ!」
一斉に響く悲鳴と舞い散る血しぶき。兵士達の影から無数の黒い刃が伸びており、腕や足を切り裂いている。
「なっ」
そしてコーイチの前に、影のように黒い少女がいつの間にか姿を現していた。
「父上、コレより作戦を開始します」
「頼んだぜ、シェイ」
コーイチが頭を撫でると、少女は笑みを浮かべながら黒く輝いた。おさまるとソコには、ひとつの大きな目をした、色白すぎる肌の少女が立っていた。明らかに人間ではない。
「なっ、まさか。こんな少女が魔族だと!」
強い。鋭く突き刺すような殺気を肌で感じる。
「必ず期待に添えて見せます。はっ!」
影の少女、シェイが気合いを入れると同時に複数の断末魔が上がった。周囲にいた兵士達が、影から伸びる各々の刃に胸を貫かれる。
「きゃあぁぁぁ!」
民衆からの悲鳴。目の前で起こった悪夢に目が釘付けになる。
「あぁ、そうでした。もう影に縛り付けていないので、自由に動いて構いませんよ」
シェイの言葉を皮切りに、兵士達が動き出した。
まさかコイツ、兵士達を束縛していたのか。
「折角の初陣です。楽しませていただきますよ」
「動ける……囲め、敵はザコと女のだけだ。数で押せばどうと言う……今度はなんだ」
驚く兵士達の足下が、クモの糸のような物で絡め取られていた。引き千切ろうともがき、槍で切り裂こうとするも余計に雁字搦めになってしまう。
「キヒヒっ、テメェらの相手はシェイだけじゃねぇ。もっと恐怖を刻みつけてやんよ!」
声を辿ると家の壁面に、下半身がクモの格好をした紫色の男がへばりついていた。手には地に伸びたクモの糸を握っている。
「おいデッド、遊び過ぎんなよ」
「聞こえねぇんだよジジイ!」
「うわぁぁぁぁ!」
紫の男デッドが腕を振る。クモの糸に絡まっていた兵士達が宙へと引きずり上げられる。
「そぉら堕ちなぁ!」
絡め取られた兵士達は身動きも出来ないまま、民衆の中へと叩き落とされた。
クモの子が散るように逃げる民衆を見て、デッドが高笑いをしていた。
「キヒヒっ。次はどいつを落とそうか? 特別に選ばせてやっていいぜ」
怪しく輝く赤い瞳に、慈悲なんて含まれていなかった
「キャハハ。みんなリラックスリラックスー。まだ余興は始まったばかりなんだからねー」
緊張に固まる兵士達の真ん中に、赤いドレスを纏った少女が踊るように現れた。かわいらしくも嗜虐的な笑みに、更なる緊張が走る。
「ご機嫌だなヴァリー。一生一度の初舞台、存分に楽しめよ」
「もちろんだよパパ。ヴァリーちゃんのダ・ン・ス、しっかり目に焼き付けてよねー。舞踏会を始めよっかー。カーニバル・ザ・アンデット」
少女ヴァリーが手を広げて空を見上げる。その周囲からはボコボコとスケルトンの群れが湧き出してきた。
「アンデットが昼間からこんなにっ? ふざけんぎゃあぁぁ!」
骨の獲物を持ったスケルトン達は、兵士も民衆も関係なく、平等に襲いかかっていった。
「ははっ、やっぱヴァリーは派手好きだな」
「キャハハ。パパも一緒に踊る? ヴァリーちゃんが優しくエスコートしてあげるよー」
コーイチを誘う無邪気なヴァリーが、この惨状からは異質すぎて悪寒を覚えた。
なんなんだよコレは。平和パレードは……幸せな世界はどこにいっちゃったんだよ……。




