257 招かねざる客
わたくしはイライラを募らせながら、侍女に命令して来客用のドレスに着替えをする。相手は田舎くさく、エルフやドワーフといった人間になり損ないの亜種。
手荒なことが得意な戦闘集団で同じ空間にいるだけで嫌気がさすのだけど、紛いなりにも勇者の仲間。挨拶をしないわけにはいかない。
そもそも平和パレードを翌日に控えているというのにアイツら姿を現すなんて想定外よ。
藍色のドレスを身に纏う。これでもかというくらい育ってくれた胸を強調させ、煌びやかなネックレスを身につけ、ジャスたちがいる部屋へと向かう。
ドアの前で呼吸を整え、心の中で愛らしさが溢れる笑顔の仮面をはめてからノックする。
こんなところでボロは出せない。ここまで事を上手く進めてきたんだ。
ジャスに国王というピエロを表立たせ、わたくしが裏で権力を振りかざす。勇者の姫の効力もあって、国にはマリー派の権力者で溢れかえっている。
跡継ぎを作っている余裕がなかったけど、わたくしが身重になっても大丈夫なようにようやく状況が整った。
あとは平和パレードを終わらせた甘い勢いで、夜の営みを始めればいい。
薄汚い金の亡者や、正義を模った堅物の相手も疲れるけど、勇者一行の田舎者どもの相手はもっと疲れる。
中からどうぞ、とジャスの声が返ってきた。
急遽増えた嫌な大仕事をこなすべく、失礼しますと言って入室したわ。
「ご機嫌麗しゅう皆様。平和パレードを翌日に控えた喜ばしい日にあなた方に出会えるなんて嬉しい限りです」
作り込んだカーテシーを決め、微笑みを浮かべる。
「よぉマリー姫様。随分と色っぽいじゃねぇの。ジャスの嫁にしとくには惜しいぜ」
いきなり馴れ馴れしいんだよこの田舎くさいスケベ魔導師がぁ。鼻伸ばしながらマジマジと胸見てんじゃねぇぞ。
ジャスも愛想笑いしてないで一発ぐらい頭殴りやがれ。
第一声で笑顔の仮面が剥がれるところだった。青筋が浮かびそうになるのをグッと堪える。
「ワイズは相変わらずよのぉ。ワシが大人の女性の扱い方をレクチャーしてやろうか」
外見お子ちゃまの亜人がなに分かったように能書き垂れてんのよ。大人の女性なんて言葉は鏡見てから言え鏡ぃ。
「はぁ、ワイズもクミンも低脳で困る。もうちょっと言葉を選べないのか」
テメェは言葉選びすぎてて社交辞令が一呼吸も二呼吸も遅れてんじゃねぇかカスが。美形なだけの排他的な田舎者が森から出てくんじゃなぇよ。
あとソコの乳臭い田舎娘はジャスに熱い視線送ってんじゃねぇ。テメェには側室の座さえも高すぎんだよ身の程知らずが。
クッ……コイツらは少し言葉を交わしただけでわたくしの神経を逆撫でてきやがる。短い挨拶がムダに濃いのが嫌だ
「旧友の仲をお邪魔しすぎてもいけませんわね。わたくしはコレにて失礼いたしますわ」
ひび割れて砕ける寸前の笑顔の仮面を辛うじて纏いきって、わたくしは部屋を出た。
廊下を進んだところで、黄緑の髪をしたメイドを見つけたわ。
すれ違いざま、わたくしの部屋へ来るよう言いつけたわ。
「ヒナ、なぜ今日勇者一行がこの城にいるのかしら。勇者達の手紙の管理はあなたに任せたはずよね」
ヒナが部屋に入るなり、わたくしは問いただしたわ。
「えっ、だって平和パレードなんて大事な日ですよ。そんな日に手紙が届かないのは不自然じゃないかなぁーって思いまして。手紙が途切れている感覚も頃合いを見計らったんですけどぉ」
おろおろしながらそんな言い訳が返ってきた。コレまで積み重なってた怒りが今ので爆発する。瞬間的に頬を平手打ちしてたわ。
倒れ込み、ぶたれた頬を手で押さえながらおびえた表情で見上げてくるわ。
「このバカっ! なんの為に手紙が届く期間を調整して勇者達を疎遠にしたと思ってるのよ。完全に分断する為でしょうがっ!」
ヒナは平和になってからわたくしが直々に雇ったメイドだ。ジャス好みで暗躍を疑われなそうな娘を用意して、一番近くに付けた。
ジャスのお気に入りでありながら、わたくしの従順な傀儡がヒナだ。
所作が辿々しく少しおっちょこちょいなのが癪に障るけど、ジャスを落とすにはもってこいだった。
ジャスにはメイドを使う癖を付ける手前、手紙を全部ヒナに預けるよう教育した。
最初こそ受け取ってすぐ手紙を出したが、少しずつ意図的に期間を空けるようにした。もちろん手紙の内容も確認済みだ。
蜜蝋に印で封をする様になっているが、わたくしも同じ印を持っているので細工なんていくらでもできた。
「もっ……申し訳ございませんマリー様!」
おびえながら必死に謝るヒナに、わたくしは少し溜飲を下げる。落ち着きはしたが許しはしない。
無言のままきびすを返し、庭へと足を向けたわ。
ヒナは使いやすかったんだけれどね。けど代わりなんてそこらじゅうにいくらでもいるの。パレードが終わったら処分しなくちゃ。
わたくしはわだかまりを残したまま、平和パレードを控えたわ。




