252 落城
夜空では二つの月が存在感を放っているっていうのに、俺の辺りはとてつもないほど暗かった。
轟音が響いては大地が揺れる感覚に襲われる。
「ははっ……すげぇや。アスモのおっさんの魔王城が……ホントに崩壊してってらぁ」
俺はチェルと、八人の子供達と一緒に、遠くで崩れ逝く魔王城を眺めながら乾いた声で呟いた。不謹慎な一言だった自覚はあるが、誰からも咎められない。
あんなに頑丈だったのに。あんなに気のいい魔物達がたくさんいたのに。あんなに……思い出がたくさん詰まってたのによぉ。
瓦解する音、燃え広がる炎、土煙を上げながら死んでゆく魔王城。
ふいに隣を静かに盗み見る。チェルが光のない瞳で呆然と眺めていた。
ちょっと繋がりを持った俺でさえ衝撃がデカいんだ。深い血の繋がりを持ってるチェルの、心に受けてる衝撃は計り知れねぇ。
振り返ると、子供達もみんな似たような雰囲気で魔王城を眺めている。
あそこにはみんなの母親がいた。身体だけの関係だったが、俺の奥さん達がいたんだ。あんまり関わってなかったてのに、いざ失うと心苦しいのはどうしてだろぉな。
「悲惨な顔をしていてよ、コーイチ。ほっとくと崩れ落ちてしまいそうだわ」
軽い感傷に浸っているつもりなだけだったのに、事もあろうか悲劇の姫に軽口を言わせてしまった。
微笑もうとしている口角に震える肩。普段大きく感じる存在感が、消えそうなほど小せぇ。
俺は存在を確かめるように、肩をグッと抱き寄せた。冷てぇ肌をしてやがる。
「コーイチ?」
問いかけてくる視線に、何も答えられない。何かをしたくて衝動的に動いけど、気の利いた言葉さえも出てこなくて固まっちまう。ホント情けねぇな、俺。
しばらくそのままだったんだが、チェルがゆっくりと俺の胸に頭を埋めてきた。小さく聞こえるすすり泣きに、抱きしめる形で答える。
そりゃ、むりしてるわなぁ。
普段は気丈で揺るぎない強さを感じさせるってのに、今は壊れ物のように儚いぜ。
あぁ……俺やっぱり、チェルを守りてぇ。
感極まって、夜空を見上げる。っておい、なんか禍々しいオーラが俺たちに向かって降りてくるんだが。
とっさにチェルを突き放すと、恨みがましい小さな悲鳴が返ってきた。
「こんなタイミングで突き飛ばすだなんて、無粋もいいとこ……何それ?」
禍々しいオーラは俺に纏わり付くと、溶け込むように身体の中へと収集される。
同時にたくさんの想いが、心に寄り添ってきた。
「コーイチ。身体は大丈夫。気持ちは悪くなくて?」
心配してくるチェルをよそに、俺は陽だまりのような想いの数々に浸ってしまう。想いが強すぎて、目から涙が溢れてきたぜ。
子供達も心配そうに見守ってたが、気にする余裕がなかった。
そっか。アスモのおっさんは、リアに出逢ってからこんなにも温かくなれていたのか。最期まで幸せだったんだな。
きっとあのオーラは、魔王の無意識みたいなものだったんだろう。記憶や力とかは全くなさそうだが、溢れんばかりの想いと意思が詰まっていた。
受け継いだぜ、アスモのおっさん。
「大丈夫、なんともないぜチェル。なぁ、お前ら」
俺はチェルを再び抱き寄せてから、子供達を眺めた。問いかけられたことで、ハッと瞳に輝きが戻る。
「今この瞬間から、俺は魔王になった。絶好のタイミングで勇者にケンカを売るからよぉ、みんな俺に力を貸してくれっ!」
情けないかも知んねぇけど、俺の戦力は子供達が全てなんだ。全力で他力本願すんぜ。




