238 魔王アスモデウスの苦難
どうしてこうなった?
チェチーリアのドレスを爪で、首元から下へ引き裂きながら思う。
はだけたことで嬉しそうに悲鳴を上げ、両手で肌を隠す仕草がなんと演技っぽいことか。
元より理解できていなかったが、人間とはこうもわからないものなのか。
ワシは産まれてこのかた、人間の諍いと醜さと不可思議さを嫌というほど体感してきた。
戦いが不利だと悟り逃げ出すのはまだかわいい方。仲間内で裏切り、生け贄を差し出すことで逃げる隙を生み出すなんて人間はごまんといた。
まぁ、敗走を許したことはないがな。
戦いという人間の一部分だけでも醜さが顕著なのだ。
富と利益を軸にした、一部の人間の悪政なんかは聞いていて陰鬱な気分にさせられる。わりを食らい困難に立たされる人間が多すぎる。
最初はまともな政治も、時間がたてば腐敗してゆく。
大きく国が育てば、大きな国同士の戦争が勃発し戦火はより大きくなってゆく。
そして人間や国どころか、イッコクという世界すらも壊されてゆく。
故に人間は己の首を絞める哀れで度し難い生き物に成り下がる。
腐った人間社会は壊さねばならない。人間が再起できる、ギリギリで最善の形になるまで壊さなければ。
ワシは百七十年にわたり壊し続けてきた。しかしそろそろ終わりも近い。勇者が育ち魔王を打ち倒すとき、人間はやり直せる最善の形となる。
それが今世の勇者の可能性も充分にあり得る。討ち滅ぼされる定めなら受け入れるつもりでいたが、少しイレギュラーが起こってしまった。
勇者には聡く、人間を導ける姫が必要だ。その姫が私腹を肥やさんとする悪しき者の魔の手に落ちてしまった。
しかし運はワシに味方した。わしの手の届くところに姫を寄越してくれたのだから。
後は事情を話して味方に付け、魔物というサポートを与えることで万全を期せるはずだった。
そう人間を誘導する予定だったのだが、チェチーリアがこうもワシの考えから外れる結論を出そうとは思わなんだ。やはりワシには人間を理解できん。
酒を飲み交わして心情を打ち明け合った身、無情に始末することも憚られる。
いそいそと貫頭衣に着替えるチェチーリアと、オロオロ手伝うガーゴイル。
聡い姫に翻弄されっぱなしだ。だがどこか、微笑ましい。人間の不可思議に好意を覚える日が来ようとは。
微笑みながら眺める。チェチーリアは目が合うと微笑んだ。
「嬉しそうに笑いますのね。魔王様は着替えを眺めるのがお好きなようで」
「ワシの事など気にせず着替えだしたくせに、よう言いよるわ」
本当に人間は理解が出来ん。出来んが、どこか気が休まる。
「冗談でしてよ。これからよろしくお願いしますわ。魔王様」
チェチーリアが魔王城で暮らすことになる。せめて死なぬようにサポートはしなければな。やれやれ、何が生活で必要になるんだか。




