236 知っている事
確かに魔王様が命ずれば、魔物数匹を犠牲にわたくしは王城に戻れそうです。ですが王城で暮らすにはわたくし、知っている事が多いように感じますわね。
「帰らないとわたくし、どうなってしまうんですの?」
「どうって、それはぁ、そのぉ……世にも恐ろしい体験をする事になるぞ」
魔王様はしどろもどろになりながら必死に脅しをかけてきました。わたくしが留まる選択肢なんて考えていなかったのが丸わかりですわ。
クスクスと笑みがこぼれてしまいます。あぁ、魔王様と一緒に居るのは楽しいですわ。
「からかうのはよしてくれ。ホントに帰れなくなるぞ」
あらあら、そっぽを向いてバツが悪そうに。もうちょっと遊んでいたい気持ちもありますが、少しマジメに話しましょうか。
「正直わたくし、魔王様の事情を知りすぎているように感じるんですよ。それなのに帰してもいいのですか?」
暗に魔王の秘密を人間同士で共有してもいいのかと問いかけます。
「チェチーリアは知っているはずだ。王城には既に、ワシの手の者が潜り込んでいることを」
あぁ、下手に話すそぶりを見せれば始末するぞと、そういうことですか。
「まぁ仮に話したところで、人間共が魔王の話を信じるとも思わんがな」
「それもそうでしてね。人間には荒唐無稽過ぎますもの」
仮に口を滑らせても問題ない。取るに足らないので生かしておいてやるといったところでしてね。
そっちの面では、帰ってからの心配はなさそうでしてね。
「勇者との恋仲であったのだろう。卑劣な手を使う女から取り戻したいとは思わんかね」
サルターレ様のまっすぐな生き様。そして優しくも決意に満ちた眼差しが脳裏をよぎります。
共に未来を築き上げる目標は、身を委ねていて心地よいものでした。しかし、このままではマリーヌの手に落ちてしまう。
勇者様をマリーヌの魔の手から守るには、まずわたくしが側に付いていなければならないでしょう。各方面への根回しや、陣営の把握。姫としてやるべき事に暇がありません。
だってこのままでは、勇者の心地よい輝きが失われてしまいますもの。
そうですわね。やっぱりわたくしの心は決まっていましてね。
「やっぱりわたくし……魔王城に残りますわ!」
高々と宣言をすると、魔王様はズルっとずっこけましたわ。
「なぜそうなる?」
「確かにこのままでは、サルターレ様が堕ちた勇者になってしまわれるでしょう。そしてそれはイッコクにとって非常に困ることになりますわ」
「わかっているではないか。ならやはり……」
「でもサルターレ様が魔王様を討伐できなければ、最悪の状況は回避できましてよね」
断言すると、魔王様は口を噤みました。
「だったらわたくしは、魔王様にベットいたしますわ。だっておもしろそうですもの」
頬に手を当てて、目一杯の笑顔を魔王様に向けます。
戸惑いを見せる魔王様ですが、やがてがくりと頭を垂らしました。
「あのな。勇者は魔王を討伐する力を得ることが出来るが、世界情勢を平和に導く頭脳は持ち合わせて居ないのだ」
サルターレ様の田舎染みた雰囲気を思い出し、なるほどなと納得します。
「故に秩序と礼節を持ち合わせた姫が政治の舵を取り、尻を叩かねばならん」
「あぁ。それなら姫が魔王の事情を知っていると好都合でしてね」
マリーヌを姫に置いたまま、勇者様に倒されるのは非常に不味そうですわね。
「けどわたくし、もう王城でめんどうなイザコザをしたくありませんわ」
そう。王城で暮らすことがどれほどめんどうをわたくし、これでもかと言うほど知っていますもの。
「それが本音か……」
魔王様は諦めるように言葉を吐き出しましたわ。




