234 酔った勢い
「……んっ、ん?」
目を開けると、石レンガで組まれた天井が見えました。壁には鉄製のたいまつが焚かれており、周囲を薄らと照らします。
ここは、どこかしら?
疑問に思いながら身体を起こそうとすると、ズキリと頭痛がしました。思わず頭に手を伸ばします。
気分もよくありません。身体中からツンとくる腐臭も感じられます。着飾っていたドレスは所々土埃に塗れており、首元なんかはキツい匂いの液体がブチ撒けられたように汚れています。
だんだん思い出してきましたわ。思いっきり上等なワインを飲み零しながら、マナーも秩序もないお話しをしていたんでした。
今更ながら、簡素なベッドに腰掛けている事に気がつきました。酔い潰れたわたくしを運んでくれたのでしょう。掛け布団が見当たらないので、むき出して寝ていたのですね。
頭痛がこないようゆっくりと見渡してみます。石レンガで組まれた、かなり小さい部屋でした。窓はありますが、光はあまり差し込んでいません。
ドアは、随分と大きいですね。巨漢の人でもつっかえずに入れそうです。
眺めていると、前触れなくドアが開かれます。顔を覗かせるのは紫の強面でした。
「あら魔王様。レディがいる部屋にノックもなく入るのは不躾でしてよ」
「随分とフランクな挨拶だな。まだ酒が抜けてないと見えるが」
「絶賛、二日酔い中でしてよ」
笑顔を見せようとして顔を顰めましたわ。油断するとズキズキきます。
「そうか、潰れる前に話した内容は覚えているか?」
問いながら部屋の内に入ってきます。近づかれるとかなりの威圧感でしてね。
「覚えていましてよ。イッコクと勇者と魔王の歴史についてとか、一人で魔王をやるのは寂しく心細いものだとか」
大雑把に会話内容を伝えると、魔王様は顔を顰められました。
「ワシが話したことばかりではないか。おまえが言っ……」
「チェチーリア」
「は?」
「わたくしはチェチーリアでしてよ。今更おまえ呼ばわりなんて無粋ではありません事?」
お酒というのは偉大でしてね。どんな相手とも打ち解けられてしまいますもの。多少は気心が知れた仲。名前ぐらい覚えていただかないと。
譲らないという気持ちで見上げていたら、魔王様はバツが悪そうに目を逸らされました。
「……チェチーリア自身が話したことは覚えていないのか?」
「わたくしの話ですか……わたくしから何か話しましたかしら」
あごに指を当てて首を傾げます。
「都合の良い記憶の飛び方をしたものだ。会話の内、チェチーリアのグチが八割といったところだったぞ」
八割とは、また魔王様も盛ってきましたわ。いくらなんでもそこまでわたくしが一方的に話すだなんて。
「子供の頃の窮屈な話に始まり、散々自分を押し殺して生きてきたらしいな」
「あら、思いのほかいろいろ話していましてね」
もしかして、若干心がスッキリしているように感じたのはそのせいかしら。
「そこら云々の話は置いておくとして、勇者とマリーヌ、そしてチェチーリアが魔王領に飛ばされた話の続きでもしようか」
わたくしが追いつけていないお話しでしてね。二日酔いに負けている場合ではありませんわ。
両頬を自分で引っ叩いて、気合いを入れましてよ。




