233 寂しさと気まぐれと
あれよあれよという間へ魔王城に運び込まれ、魔王とテーブル越しに向き合って座っています。
途中で何匹かの魔物に見られましたが、魔王に運ばれているのもあって手出しはされませんでした。
テーブルも椅子も魔王が土魔法で即興に用意しました。身長に差があるので、わたくしの椅子はやや座面が高いです。床も盛り上げてくれたので、足が宙ぶらりんになっていません。
先程のガーゴイルが両手に、ワインボトルを鷲づかみにして運んできました。魔物に丁寧さを求めるのも間違っていると思いますが、気になってしまいます。
魔王様はボトルを受け取ると、素手でコルクを開けました。
豪快さに驚嘆すればいいのか、コルクとはそう開けるものではないと窘めればいいのか。
スッと、一本のボトルが差し出されました。
「折角珍妙な客人が現れたんだ。ワシと飲みながら話でもしないか?」
話……と言ったのでしょうか? 世界を滅ぼさんとする魔王が、一介の女でしかないわたくしに。
おそらくわたくしは、ほんの気まぐれで魔王に生かされているに過ぎないでしょう。何が聞きたいかは知りませんが、一つ間違えば命なんて一瞬で潰えてしまうのでしょうね。
ただ言い換えれば、一つの間違いなもなく会話を終えれば、生き残れる可能性もあるのでしょう。
だったらこの会話はしくじれません。しかし何が爆薬になるか見当も付かない。
グルグルと頭を回転させ、回転させすぎてこんがらがってきたところでワインボトルに目が止まりました。
「ところでワイングラスはないのですか?」
「生憎用意がなくてな。食料や酒は襲った村や町から調達するのだが、皿やグラスといった調度品は必要ないから頂戴していないのだ」
サラッと襲うと言いました。何事もない日常茶飯事のように。
「レディにワインボトルで酒を飲めと言うのですか?」
「嫌なら飲まなくても構わないが……」
魔王が言い淀みました。女を酔わせる趣味の悪い性癖でもおありなのでしょうか。
「しらふで会話をするのもツラかろうと思うぞ」
わたくしが今、魔王城に居ることを思い出さされました。城内には至る所に魔物が居て、その爪や牙がいつわたくしに襲いかかってもおかしくない。そんな場所。
死の気配が一瞬で近づいてきたかのように、身体が震えてきました。彷徨う視線が捉えたのは、一本のワインボトル。
追い詰められた人間が酒に逃げて溺れる理由が、飲む前から理解できてしまったように感じました。
淑女の所作など捨て、ワインボトルを片手で掴んで勢いよく呷ります。
「あっ、おい」
「ブフっ! げほっ、げほっ……」
勢いよく流れ込んできた酒に盛大にむせ込み、口からあふれさせる。
着ていたドレスは首元からワインの色に染まってしまいました。
わたくしってば、なんって品がないのでしょうか。けど、もういいやって吹っ切れもしましたわ。
「すまなかったな。やはりなにか器になる物を探しだ……」
「要りませんわ。その代わり、もう一本ワインを用意して下さいまし」
「まだ飲む気かっ!」
「むせ込んだせいでまだ殆ど飲めていませんわ。今日はとことん飲みたい気分でしてよ」
「くっ……ははっ。気に入った。今日という出逢いを記念に飲み明かそうではないか」
その後はガーゴイルが黙々とワインを用意しては、片っ端からわたくしたちで空にしましたわ。
酔いながら聞いた話はどれもしらふじゃ受け止められないものでした。魔王と勇者の宿命。イッコクの歴史情勢。人間の発展と尽きない欲望。
魔王が饒舌に喋るものだから、わたくしは酔った勢いで様々なことを聞き流しましたわ。
そして思いましたの。
魔王は今まで一人で寂しかったんだろうな。きっと今回みたいにバカなことを話せる相手が欲しかったんだろうなと。
わたくしは少しずつウトウトと……




