228 魔王夫婦の語らい
石レンガが詰まれた壁に狭い室内。わたくしはこの一部屋で、生活のほとんどをしています。
感性を豊かにする調度品もなければ、豪奢なテーブルを置くスペースもない。窓はあるものの、眺められる景色は常に億劫として薄暗い。
身の回りの世話をしてくれる使用人もいなければ、食事を用意する料理人もいない。政略と腹の探り合い、美しくある為の作法にのみ勉強をしてきたわたくしチェチーリアには過酷な環境でしたわ。
まぁ長く住んでいくなかで慣れちゃいましたけどね。もう二十年以上も前から住んでいますし、愛着だって湧いていますわ。
着慣れたエプロンドレスに身を包み、かまどに火を入れてお湯が沸かす。
フォーレちゃんにもらった茶葉がまだ残っていますものね、これで一服しましょうか。
湯飲みを二つ、特大と普通のサイズを用意していると、ドアから三三七拍子のノックが聞こえてきましたわ。
「どうぞ、開いていましてよ」
背中越しに声をかけると、一人の人物が入ってきます。
「リアよ、最近鍵をかけてないように感じるのだが」
「もう食堂の扉を開いて入ってくるような危険な方って存在しませんもの。いざとなればわたくし付きのガーゴイルが守ってくれましてよ」
お声と存在感で夫の魔王アスモデウスだと、お茶を淹れながら感じましたわ。
湯飲みを両手に振り向く。アスモがよっこいしょと椅子に座られたわ。
今日も愛おしいお顔をしていらしますわ。逞しく太い腕をテーブルの上に置き、わたくしが対面に座るのを待ち望んでおられる。
何だかんだで二十年以上共に過ごした連れ合いですもの、雰囲気はなんとなく掴めますわ。
「楽しそうだな」
「楽しそうですもの。つられてしまいますわ」
お茶を出し、笑顔を応酬する。通じ合えていると居心地が良くなりますわね。
無言で二人してお茶を啜り、息を吐き出しましたわ。
「コーイチがついに魔王城を完成させたそうだぞ」
「魔王城タカハシ、ですわね。安直ですがいい名前でしてよ」
「ワシとしては威厳が欲しいところではあるがな」
アスモが片眉を顰められたわ。お世辞にもかっこいい名前ではないけれど、タカハシ家らしいとは思えるのよね。
「だが間に合ってよかった。コレでワシは、悠々と勇者が来るのを待ち構えることができる」
赤い瞳が遠くも近い未来を見定めます。
「今世の勇者はおそらく、完成形だ。ワシの魔王生活もようやく終わりを迎えるだろう」
「わたくしは全てを知りません。さぞ永い戦いだったのでしょう」
もう少し長くアスモと過ごしたい気持ちもあります。チェルも一緒に暮らせたら、なんて幸せなんだろうなと。けどソレは、魔王にとって酷な願いなのでしょう。
「リアが知っているのは今世と、先代の勇者二人だったな」
「ええ、懐かしいですわ」
力及ばず倒れた先代勇者、サルターレ様。
本来わたくしの婚約者だった、わたくしの勇者様……
「アスモ、今日は懐かしい話がしたいわ」
「ワシも同じ気分だった。付き合うぞ」
印象が深かったところから始めましょうか。わたくし達の昔話を。




