227 魔王城タカハシ
グラスに未来のブラックホール奪還を命じてから数日。
「パパ早くー。すっごくキレイに出来たんだよー」
「そう急かすなって。ゆっくり行かせてくれー」
俺はヴァリーに手を引かれながら、新築された魔王城の廊下を歩いていた。床は大理石で作られていて白くつやつやしてるぜ。
この城の外見って日本の城だったよな。なのに中はバリバリに西洋って、違和感半端ねぇんだが。
エスコートする子供はヴァリー一人。残りの子供は奥で待っているらしい。
「外観と内観が見事にミスマッチしているのだけど、コレはコーイチの指示かしら」
俺の隣を歩くチェルが、疑わしげな眼差しを送ってくる。
「いや、俺は一切手を入れてないし、指示もしてない」
「全部、子供達に任せきりにしたと」
「サプライズにしたかったらしいからな。もう驚きの連続だぜ」
部屋は広いわ部屋数は多いわ廊下は長いわ、俺一人だったら絶対に迷ってるね。イッコクのヘソに来て一週間で造った仮住まいに早くも戻りてぇぜ。
あ、また廊下を曲がった。
俺は道を覚えることを諦め、ヴァリーに手を引かれるまま案内された。
途中この部屋はかわいく造ってーとか、この部屋は汗臭くなるから近寄りたくなーいとかヴァリーの主観で説明されたんだけど、位置が全然ピンとこねぇよ。
「それでそれでー、ここがお待ちかね、謁見の間だよー」
金の装飾で縁取られた赤い両開きの扉を示して、ヴァリーが声を弾ませた。
「ここが、俺の謁見の間か」
いずれ勇者を待ち構え、最後の死闘を繰り広げる俺の戦場。
つい固唾をのんで眺めちまう。
「コーイチ、私を案内してくださる」
「あぁ」
チェルに促され、俺は両開きのドアに両手をかけて力を込める……力を込める。
「ふんっ! ……ぬぬっ、くおぉぉぉ!」
ちょっとこの扉、全然ビクともしねぇんだけど!
あの、チェルさん。隣で艶っぽいため息を吐かないでいただきたいのですが。
「キャハっ、パパがんばれー」
ヴァリーも見てないで手伝ってくれねぇかねぇ。
「ヴァリー、遊んでないで扉を開けるボタンを教えてあげてください」
シェイの声が部屋の中から聞こえてきた。ってか開閉ボタンなんてあるんかい!
「コレでしてね。押せばいいのかしら」
チェルが扉の横にあるボタンを押すと、扉が自動で開かれたぜ。
「ぜぇ……ぜぇ……風情の……欠片もねぇな……」
ムダに力を込めすぎたせいで疲れちまったぞ。両膝に手をついて下を見る。赤くてふかふかそうな絨毯だことで。
「風情なんて考えたら父ちゃんが入れなくなっちゃうよ」
「キヒヒっ、それはそれで傑作だがな。城の主が部屋には入れねぇとかよぉ」
「あんまりからかってやるなデッド、父さんなんだから仕方ないだろ」
好き勝手言ってくれる子供達の会話を聞きながら顔を上げる。
赤く幅広い絨毯が奥いっぱいまで敷かれている。太っとい支柱が二列に並んでいて、最奥には見るからに高級そうな玉座が配置されていた。
「おいおい、これまたおあつらえ向けの広さじゃねぇか」
部屋の豪華さも然る事ながら、天井の高さと部屋の広さが尋常じゃなかった。そりゃ天井を支える太っとい支柱も必要になるわな。
「ヴァリーちゃんは先に入るねー」
小走りに入っていくと、手前右側の支柱の前で振り返る。
「おいおいヴァリー、ここで置いてくとか……なるほどなぁ」
改めて内装を確認する。太っとい支柱は八本あって、その一本ずつに子供達が居る。
「おもしろい意匠をしていてね。気に入ってよ」
手前の支柱からスケルトンとシャドー、アラクネとユニコーン、マンドラゴアとハーピィ、そして、マンティコアとクラーケンが掘られている。
「これは心強ぇわ」
思わず笑みがこぼれちまう。チェルと二人、玉座へと足を進める。左右から子供達に見守られながら。
玉座の前まで辿り着いた俺は、振り返って勢いよく座ったぜ。フッカフカでなんとも座り心地がいいぜ。
チェルは俺の側で佇んでいる……あれこの構図、本当に大丈夫か?
不安になってチェルの表情を覗き込むと、満更でもない笑みを浮かべていた。
「いいわねコーイチ、様になっていてよ」
「あんがとよ。チェルは立ちっぱなしでツラくねぇか? なんなら席を譲るけど」
「要らぬ気遣いよ。コーイチはバカみたいに悦に浸っていたほうがよくてよ」
なんか癇に障ったのか、視線が冷ややかになったぜ。
「やれやれ。オヤジはレディーの扱いがてんでなってないね」
シャインがやれやれと言いたげに首を振るが、テメェも大概だかんな。
「そんなことよりパパ、パパの魔王城完成したよ。わたしたちすっごくがんばったんだよ」
あぁ。アクアの純粋な言葉は、聞いててほっこりするぜ。マジ癒やしだわ。
「ありがとな、アクア」
お礼を言うとアクアは、えへへと照れたぜ。
「さぁおとー、折角いぃお城が出来たんだからぁ、名前を付けようよぉ」
「名前?」
「そうです。折角の魔王城、見栄えに負けない名前が必要でしょう」
フォーレが提案し、シェイが後押しする。
名前かぁ……全然考えてなかった。かっこいい名前なんて即興じゃ思いつかねぇんだよな。この魔王城、内装と外装ちぐはぐだし。
天井を仰ぎながら考える。子供達に任せたせいで、至る所に個性が出てっからな。ひとつにまとまり切ってないのも悩ましい。まぁ俺たち家族らしいって言えばソレまでだけれど……あぁ、ソレでいいのかも。
「なぁチェル。この魔王城、俺たち家族らしいか?」
「まぁ、個性的……という意味でならそうね」
「よっしゃ。だったらシンプルにしようぜ。ここは『魔王城タカハシ』だ」
俺が自信を持って宣言すると、玉座の間にヒューっと冷ややかな空気が流れ出したぜ。
「……コーイチ。考え直してはいかが」
「ヘタに考えすぎた名前よりいいだろ。それにこの名前なら、俺たちみんなの城だって言い張れるだろ」
ドヤ顔で人差し指を立てると、チェルから苦いものを噛んだような顔が返ってきたぜ。一軒家で考えてみろよ。名前なんて普通はつけねぇんだからな。
「あははっ、父ちゃんらしいや」
「むー、ヴァリーちゃんは微妙だと思うなー」
「もういいんじゃねぇか。ジジイじゃコレよりマシなの考えつかねーだろうし」
「父さんがいいなら、俺はコレで構いません」
「自分は案外気に入りましたよ」
「そうだね、わたしも悪くないと思う」
「ちょっとコレはぁ、想像できなかったけどねぇ」
「やれやれ、どうしてオヤジはこうセンスがないのか」
いい返事は返ってこなかったが、反対意見もなかったぜ。
魔王のおっさん、リア、魔王城はどうにか間に合ったぜ。あとは子供たちと、俺の覚悟だけだ。
こうして、魔王城タカハシは完成した。
いずれ来る勇者との戦いに備え、鍛錬する日々を送る事となる。
ちなみに魔王城は広すぎるから、仮住まいの二階建て一軒家で生活を続けることになる。
あと悪乗りして、魔王城にはカタカナでデカデカ『タカハシ』と書いた表札を飾った。




