226 取り戻したいものの為に
魔王のおっさんとの話が終わって食堂に顔を出して見れば、グラスが沈んだ顔して座ってやがった。
他のみんなは普段通りだってのにな。
アクアとフォーレとエアはグループで、デッドとヴァリーはペアで楽しくおしゃべりしてる。シェイも普段通りの毅然さだな。
シャインは……いつものように床で俯せに倒れている。今回は誰に張り倒せれたんだか。
魔王城食堂の給仕係を務めるガーゴイルが無言で、湯気の立つ食事を運んできてくれた。
やけに緑色をしたハンバーグだな。フォーレが野菜やらハーブやら持ってきたっけか。リアは早速ハーブを使って料理してくれたんだな。
厨房へ続く扉を眺めながら、胸の内で感謝を伝えとくぜ。もっと自由に歩き回れる身分だったら良かったのにな。
かなりバジルが強く効いたハンバーグだった。好みがかなり分かれそうだ。
子供達はそれぞれ感想を言いながら、警戒しながら一口目を食べていた。美味い顔と不味い顔できっかり表情が分かれていたぜ。
シェイのは、上に大根おろしを乗っけた和風ハンバーグになっていた。黙って食ってたから和認定されたようだ
グラスは考え事をしながら食べたせいか、一口目で盛大にムセた。
食事も終わり、落ち着いたところでグラスを誘って魔王城の廊下をぶらりと歩く。
床は石畳で敷き詰められていて、どこか冷たさを感じられるな。石材が詰まれて造られた壁は強固で、そう簡単には壊れなさそうだぜ。
大きなガラス窓もはめ込まれていて、鬱蒼とした景色が眺められる。
俺が先を行き、グラスがトボトボと後ろから着いてくる。歩き出してから互いに会話をしていないから、空気が重苦しい。
「なぁグラス」
声をかけてから振り返る。グラスも足を止めると、俺を見上げてきた。
ちょっと前まで顔を思いっきり上に上げないと視線が合わなかったんだがな。だんだんと身長が迫られてきてらぁ。
「なんですか」
「さっき魔王のおっさんと話して知ったんだがな、この魔王城があるブラックホールって勇者に討たれる人間の街。それも王都になるらしいんだ」
「え?」
目を見開いて驚きの声を上げるグラス。そりゃいきなりこんな話を切り出したら驚くよな。
「なんでも魔王を討伐した地として、新しく人間の拠点になるらしいんだと。ははっ、ふざけた話だよな」
皮肉に笑いながら話を続ける。グラスはあの……その……と口ごもらせるぜ。どう反応していいかわからないんだろ。
「勇者様にゃぁ知ったこっちゃないのかもしれんけどよぉ、魔王にだって、魔物にだって想いはあるんだ。ソレを世界の習わしだからと……」
「待ってください父さん!」
せっかく感情がこもってきたところを、グラスにぶった切られちまう。流れを断ち切られるのはおもしろくねぇが、言いたいことがある気持ちもわかるぜ。
「どった?」
「いえ……その……その話は昔、チェル嬢から歴史の授業として聞いたことがあるのですが」
……はい?
「父さんも一緒に話を聞いていたはずなのですが……覚えてないのですか?」
えと? ちょっと待て? 確かに昔チェルからイッコクの歴史について聞かされたことがあった気がするぞ。子供達全員と一緒に。ただ俺、あまり勉強は得意じゃなくて、長い話は聞いていると頭が痛くなるか眠くなるかのどっちかなんだよな。
俺がしどろもどろしていると、グラスは嘆息を吐き出した。
「チェル嬢に知られると怒られますから、俺は黙っていることにします」
「なんか、悪ぃな」
気遣われてしまった。
「っで、その……なんだ。グラスにはな、時が来たら奪われたブラックホールを力尽くで奪い返して欲しいんだ」
あまりにバツが悪ぃから、頭を掻きながらお願いしちまったぜ。
「奪い返す、ですか?」
「だってここは、チェルが生まれ育った故郷だろ。魔王を……父親を倒した記念に王都を建てるだなんてフザケンなだよ」
極論のたとえ話だ。ソレって実家の両親が殺されて、殺人鬼がその土地に家を建てて平和に暮らすってことになんだろ。マジで意味がわかんねー状況だわ。
「だから俺が魔王やってる間だけでも、チェルの故郷を手中に収めてーんだ。それにグラス、攻める力なら兄弟の中で誰よりも強いだろ」
改めて視線を向けると、グラスは口をポカンと開けて俺を見上げていた。
「攻める……力」
「そうだ。きっとここは敵だらけになるだろ。守る対象なんて何もないから、自由に暴れ回れるぜ。360°敵だらけの戦場での正面衝突だ。激しい戦場になるだろう」
孤立奮闘の厳しい戦いになるだろう。息子に抱えさせていい戦いじゃないかもしれない。グラスはまだ俺を呆然と見上げている。急な話だ、気持ちの整理さえ出来ないんだろう。
「ムリなことを言ってるのはわかってる。けど俺が欲しいんだ。俺がしてぇんだ。この地の侵略を。だからグラスに戦いを任せてぇ。怖いか?」
最後は情けない願いになっちまった。俺が怖いか訪ねると、感情のなかったグラスの口が、おもしろそうに笑みを浮かべだした。
「クっ……ははっ。ホント、父さんには叶いませんね。攻める力、奪う力、戦う力。その全てを発揮できる、守らなくていい戦場」
グラスは開いた右手を上げて見つめると、覚悟を決めたかのようにグっと握りこぶしを作った。
「やります。この命に代えても、必ず奪還して見せます」
茶色い瞳に力が宿るのを感じた。なんか知んねぇけど、吹っ切れたようだな。
「頼んだぜ、グラス」
ポンとグラスの頭に手を乗せると、強く頷いたのだった。




