225 愚直
「辛気臭くてよ、グラス」
「チェル嬢」
俯いている俺に声をかけ、正面の席へ優雅に腰掛けた。魔王アスモデウスの娘であり、フランス人形のように美しい容姿をしている。
俺が最も尊敬しているお方の一人。尊敬する対象であると同時に、手の届かない高みにいる。
手に緑茶が入った湯飲みを持っていることがなんともミスマッチなのは、この際おいておくことにしよう。
「最初は抵抗があったけれど、緑茶の味わいも悪くなくてね。特にフォーレが育てた茶葉は、どれも品格がよくってよ」
両手で湯飲みを持ち、ズズズっとお茶を嗜む令嬢。ほぅっと息を吐く姿は艶やかでありながらも、どこか年期を孕んでいる。
「チェル様も味わいがわかっておられますね。一服のお供にはやはり緑茶が一番かと」
感心しながらしみじみと緑茶を啜るシェイ。こちらは日本人形を彷彿とさせるから問題ないのだが、画が妙にシュールだ。
フランス人形と日本人形が一緒に緑茶を湯飲みで嗜んでいる様は、何かが間違っている気がしてならない。
「フォーレが育てる植物は全て上物よ。お母様は新鮮なハーブを頂いたことで料理を張り切っているわ。私の予想ではきっと、パスタが出てくるわ」
「では自分はカプレーゼを予想します。色鮮やかなので見た目がおいしそうです」
「……ん? シェイってカプレーゼ食えたっけ?」
「和食以外は食べませんよ」
どきっぱり宣言するシェイに肩の力が抜けてしまう。
「フフっ。シェイは苦手な物がきっぱりしていてね。けどそんなことなんて、なんとも思っていなくてよね」
「嫌いな物は嫌いです。ムリに直す必要もないでしょう」
微笑むチェル嬢に、まっすぐ視線を向けてシェイが言い放つ。こんな時でさえ堂々としている。
「きっとソレは得手不得手でも一緒のはずよ。苦手なことで悩むぐらいなら、長所を伸ばしなさい」
まったくチェル嬢は……急に真面目な話を振ってくれる。
「長所ですか」
「そう、長所よ。もうすぐコーイチがお父様との会話を終えて戻ってくるわ。グラスがいつまでも暗い顔をしたら、コーイチが心配をしてよ」
ソレはダメだ。俺のことなんかで父さんを心配させるなんて……。けど俺の長所、愚直な力は役に立つのか?
地に足がつかない考えがもう、ずっと俺の中で続いてる。
「とにかくグラスは、おいしいご飯をたくさん食べて、とびっきり力を付けなさい。いざという時、弱いよりは強い方が役立ってよ」
チェル嬢の言うこともわかるんだ。理屈では理解も出来る。けど強い力をどう使えば役に立つのか……その方向性がわからないんだ。
悩んでいたら不規則な足音が遠くから近づいてくるのを感じた。
「父上はお話しを終えたようですね。もうすぐ戻ってきますよ」
足音だけで体幹の弱さを感じ心配になってしまう。そんなお世辞にも強くない父さんに心配をかけてしまう。いやもしかしたら失望されてしまう。じゃあ俺はなんのために生きているんだ?
愚直な強さだけじゃ、俺は……
「いやー、魔王のおっさんとのお話は肩凝るわー。みんなお待たせ、メシにしようぜメシ」
父さんは食堂に到着すると、だらしない顔で気が抜けまくった言葉を吐き出した。
相変わらずなことに気が抜けるというか、安心するというか。
「おっ、そうだグラス」
油断しきっていたところ、不意に話しかけられて焦ってしまう。
「なんですか、父さん」
「メシが終わったらちょっと二人で話そうや。今後について相談したいことがあるんだ」
急な事で身体が固まってしまう。
このタイミングで二人で話って……
俺は不安の拭い方を忘れてしまっていた。




