221 大人と子供の変化
魔王コーイチの子供たちと話してから、一週間が経った。
村のみんなは相変らず、あたしに白い眼を向けてくる。
事件なんて滅多に起きないヴェルダネスだからかな、大事が起こるとなかなか収まってくれない。
自覚があるから文句も言えないんだけど、冬よりも視線が冷たいよ。
コーイチの方からも音沙汰がない。ナイフで刺した傷は平気なのか。それとも悪化したのか。
生死を彷徨っているのか、安静にしているのか。わからないで待たなきゃいけないって、とてもツラいことなんだね。
コーイチの子供たちと話してから考えてみたけど、結局あたしはどうしたいのかわからないままだ。
コーイチを殺したいのか、受け入れたいのか。死んでほしいのか、生きてほしいのか。
うんん。ホントは答えが出かかっている。けど、認めるのが怖い。
だから今日も、アテのないまま村を歩くの。悩み考えるフリをしながら。冷たい人間のフリをしながら。
きっと今日も、何もないまま一日が終わるんだ。
「辛気臭いツラして歩いてんなススキ。一瞬、別人かと思ったぞ」
懐かしくも情けない声に心臓が跳ねた。顔をあげると、どこにでもいそうな冴えないおじさんがヨッて手をあげて挨拶していた。
「ずいぶんと元気がなくてね。コーイチを刺しておいて後悔のひとつでもしているのかしら」
隣には黒のスラっとしたドレスで着飾った女性もいた。金のボブカットが艶やかで、黒く丸まった角がこめかみから二本生えている。
白い肌もプクっとしていて、子供のように張りがある。背も低めでかわいい感じなんだけど、雰囲気が上品に大人びていて美しくもある。
いつもコーイチの隣にいる女性、チェルだ。今はコーイチの肩を支えている。
コーイチよりも、よっぽど上に立てそうな存在感がある。
「魔王……コーイチ」
「どうした。足が震えてっぞ。風邪でも引いたか。俺を刺したときはもっと元気だったぞ」
情けない微笑みを向けられると、急に居場所を失ったような不安感に襲われた。あたしは今、孤独なんだ。
村のなかにいるし、村人だってたくさんいる。だけど、全員がコーイチの味方なんだ。
なんだろう、寒い。心臓をむき出しにされているみたい。でも、立ち向かわなくちゃいけないんだ。あたしが、始めたんだから。
「魔王コーイチの知ったことじゃないでしょ。あたしの体調なんて」
精一杯に強がってはき捨てる。啖呵に、なっているよね。
「いやいや心配するさ。なんせススキとは決着をつけなきゃいけねぇかんな。互いに体調が万全じゃなきゃ、フェアじゃねぇだろ」
そうだ。決着をつけるんだ。武器も何もない丸腰の状態で。
「そう。あたしはいつでもいいけど、そっちはどうなわけ。傷は完治できたの」
「一週間も経ってんだ。と言いたいけど、俺は傷の治りが遅くてね。まだちょっと引きずってんよ。フォーレが看病してくれたってのにな」
やれやれといった感じに手でジェスチャーするコーイチ。情けない笑顔も自嘲気味になっている。
「回復魔法やポーションはどうしたのよ」
「効き目が薄いんだそうだ」
驚いた。村にはコーイチが用意したポーションがあるし、作業中にケガしたおじさんが使ったときはすぐに完治したのに。コーイチには効かないだなんて。
「そう。それで、今から一対一で殴り合いでも始める。それとも、チェルもまとめて相手した方がいい」
視線をチェルに向けると、バカにするように微笑まれた。
「やめた方がよくてよ。私は現魔王の娘ですもの。最弱のコーイチとは天地の実力差があってよ。当然、ススキともね」
余裕の笑みで返された。本来なら怒るところなんだけど、チェルはおかしいことを言った。
「ちょっと待って。魔王の娘ってことは、コーイチの娘なの」
「いや、待て待て。ちょっと落ち着こうか。俺は次期魔王だぞ」
あたしの質問に、コーイチが慌てて待ったをかける。
「えっ、コーイチは魔王じゃないの」
「まだ、な」
「今は私のお父様が人間を侵略していてよ。やがて勇者に討たれるでしょうね。そうしたら、コーイチが魔王として立ってよ」
あれ。今の魔王がチェルのお父さんで。コーイチは弱い人間でしょ。なんでそんな人間が次の魔王になるの。おかしい。だって普通、チェルが次の魔王でしょ。強そうだし。
「ススキ、頭ンなかがクエッションマークでいっぱいになってんだろ。気持ちはわかるけどな」
「おかしいよ。だって、あたしに刺されて死にかけるほどコーイチは弱いんだよ。どうして魔王に……魔王なんかになるの」
「魔王になって初めて守れるものがあるからだよ。確かに力や血筋を考えりゃチェルが適任だ。が、全てを押しつけていいわけじゃねぇんだ」
押しつけ……何に?
「わかんねぇって目が見開いてっぞ。まっ、当然かもな。子供ってのは親に押しつけられて生まれてきちまうんだ。どうしてもな。状況や立場が勝手にのしかかってくんだ」
「確かにそうかもだけど、それって当たり前でしょ。あたしだってヴェルダネスに生まれた。あの荒れた状況をみんなと一緒に生きてきたんだもん」
「確かに当たり前だ。そして大人の変化に突き合わされちまうのも、子供にはどうしよもできねぇことなんだ」
「あっ」
ヴェルダネスにコーイチが現れた。次々に状況が変わってしまった。土地も住処も常識さえも。
「だが変化に翻弄されるのは子供だけじゃねぇんだ。大人も翻弄されちまうんだ。最善の変化を選択して、子供を説得する。大人でさえ納得できていないのにだ」
大人も納得できていない……ひょっとして、ヴェルダネスのみんなも。
「チェルも、状況に翻弄された子供だった。だから手を差し伸べたんだ。俺が魔王になることで、少しでも負担を減らしたいと」
似合わないまじめな顔に、心臓がトクンと跳ねた。不意に、かっこよさを感じてしまう。そしてソレは、チェルも同じだったみたいだ。はにかみながら少し、頬を赤く染めてた。
「ンでもってな、ススキもチェルとおんなじだって思っている」
「えっ? あっ……」
よくわからずに口をポカンとあけて眺めていたら、コーイチがゆっくり近づいてきた。地面にひざをつくと、あたしを強く抱きしめた。
「なっ、何を」
「今まで一人でツラかったな。俺のわがままにつきあわせちまって。よく今まで頑張ってきた。嫌なことは嫌って言えばいいんだ。正直に生きればいいんだ」
コーイチの言葉に、全てを許すような温かさを感じる。
「子供にだって好きに生きる権利はある。大人たちの都合に振り回されるだけじゃ、人生ツラいだけだもんな」
嫌な部分、あたしって存在も、包み込んでくれる。まるで、春のようなやさしさだ。
「……のかな。あたし、わがままに生きてもいいのかな」
「誰だってわがままなんだ。わがままが通らなかったら、押し通せるほど強くなってわがままになればいい。これもひとつの成長だかんな」
言葉が心身に染み渡る。そっか。あたし、誰かに許されたかったんだ。
気がついたらコーイチの背中を握って、力いっぱい泣いていた。あぁ。あたし、負けちゃったんだ。完敗だよ。けど、仕方ないよね。
「まったくコーイチは。許容量が少なくクセに、許容力だけはいっちょまえにあるんだから」
「チェルは俺を褒めてんのか、貶してんのか」
「両方よ、バカ。次、怪我をしたら許さなくってよ」
コーイチとチェルのズルい会話が聞こえる。あたしも参加したいんだけど、まだ泣き止みたくないや。もうちょっと、胸のなかで春を感じていたい。
コーイチは、誰よりも受け入れられる魔王になるんだね。わかったよ、もう邪魔をしないよ。
その代り、あたしの居場所も作ってほしいな。
なんてね。




